「おねーさん」
テーブルのすぐそばに人の気配を感じたと同時に降ってきた言葉は、明らかにカフェの店員のものではない。
それでも、軽い調子のその声に不快な感じがしなかったのは、その声が女性のものだったからだろうか。
いつもならば声をかけられたところで、知らぬそぶりをするだけのロビンだったが、その声が不思議なまでにすとんとこころに落ちたから、思わず顔を上げてしまった。
視線の先にいたのは、明るいオレンジ色の髪を持つ女の子。
浮かべた笑顔から嫌な印象は受けない。
むしろ、にこやかに笑っている表情には屈託がなくて、見も知らぬはずの自分に向けられているとは思えないぐらいだ。
「相席、いい?」
問われて周囲を見渡すと、休日午後三時過ぎのカフェは、確かにひとであふれている。
ロビンが座っている店の隅の席の他には、片手で数えるほどしか席は空いていないようだ。
その中でこの席を選んだのは、隅にあるこの席が一番静かだったからなのか、ロビンが他の相席者に比べればましに見えたからなのか、それはわからない。
「……どうぞ」
ロビンは短く答えて、視線をそれまで読んでいた本に戻した。
「ありがと」
オレンジの髪の少女は、たぶん、笑って言ったのだろう。
やわらかく明るい声の雰囲気から、そう思った。
しかし顔を上げなかったロビンに、自分の推測がただしかったのかどうかを判断する術はない。
そのまましばらくは本に没頭していたロビンだったけれど、自分に向けられている視線が一向にはずされないことに気づいて、顔を上げないわけにはいかなくなった。
初対面の少女にじっと見つめられるような理由は思い浮かばないし、それゆえ気持ちはどこか落ち着かない。
だから顔を上げて、ロビンが少女の視線に気づいていることを示せば、不躾な視線はどこか別の場所に向けられるに違いないと、そういう期待もあったのだが。
ロビンが顔を上げても、こはく色の瞳がロビンから逸らされることはなく、少女は真正面から射すくめるようにロビンを見据えている。
そのまなざしにつかまえられた瞬間、目と同時にこころまでをもつらぬかれたかのように、ロビンの心臓は苦しみにのたうってドクドクと暴れだした。
これは、危険な瞳だ。
いともたやすく胸の内を暴く、そんな危険なひとが持つ瞳。
高鳴る鼓動は、あるいはシグナルのように。
近づいてはならないと、ロビンに警告しているのだ。