へし切長谷部の片思い

どたどたと廊下を走り抜け、たまたま目に付いた左文字兄弟の部屋へと飛び込んだ。そこに居たのは読書中の宗三一人。

「匿って!」
「嫌です」
「じゃあ見逃して!勝手に隠れるから!」
「よして下さい!」

拒否する宗三を無視して押し入れに逃げ込む。少しして、私を追いかけていた彼がやってきたようだ。

「長谷部だ。誰かいるか」

はぁ、なんてため息が聞こえたと思ったら、対応する宗三の声がした。

「どうぞ」
「宗三か。失礼するぞ」

襖が開いたようで先ほどよりも長谷部の声が大きく聞こえる。

「どうしたんです?」
「こっちに主がこなかったか」
「さぁ、どうだったでしょうか。読書に集中していたもので」
「そうか、邪魔したな」
「いえ」

少しして押し入れの中に光が差した。

「長谷部は向こうへいきましたよ」
「ありがとう」
「まったく…許可もなく他人の部屋や押し入れに入り込むなんて」
「ごめんごめん」

のそのそと押し入れから這い出て、差し出された座布団に座る。なんだかんだで優しいよなぁ、なんて思う。

「それで、何が原因で追いかけっこをしているんですか?」
「いやぁ私にもよくわからなくてさ」
「は?」
「怖い顔やめて…話すから」







「主、本日の任務お疲れ様でした。茶を入れてきましたよ」
「ありがとう長谷部」

ゲーム機を片手にソファに横たわる。

「また げぇむ というやつですか」
「そう。攻略まであと少しのキャラがいてさ」
「きゃら…とは、確かその画面の中にいる、えぇと、二次元と言われる男のことですよね」
「んー、大よそそんな感じ」

スリープ状態を解除すると“やぁ”なんてキラキラしたイケメンがイケボで話しかけてきてくれる。思わずニヤニヤしてしまう。恋愛シミュレーションゲームが私の数少ない楽しみの一つだ。

「あの…」
「んー?」
「主は以前“二次元の男にしか興味がない”と仰っていましたよね」
「そうだね」
「それは今も変わりませんか」
「そうだね」
「では、あの、」
「今日もお勤めご苦労様、ありがとうね」

今日は仕事が終わったら、このイケメンと甘々な時間を過ごすと決めていたのだ。そのために仕事は早めに終わらせたし(もちろん手抜きなんてしてない)、気が付き過ぎる長谷部に仕事を見つけさせないよう、雑務も片づけた。自分にとってのご褒美の時間を邪魔されたくはない。

画面には美麗スチルが表示されていよいよ告白か!?と期待したときだった。目の前からイケメンがすっ飛んでいった。

「あ!長谷部なにするの!」

放り投げられたゲーム機を回収しようと腰を上げたが、長谷部に遮られる。

「主」
「え…な、なに?」

なんか目が座ってるし、ゴゴゴゴゴ…なんて音が聞こえそうなオーラを背負っている。確かに対応は悪かったと思うけどそんな怒らせるようなことしたっけ?思わず佇まいを直すと、長谷部が背もたれに手をついて囲うように距離を詰めてきた。

「以前俺が思いを告げたのをお忘れですか」
「あーううん、ちゃんと覚えてるよ」
「それは良かったです」
「私も言ったよね?二次元にしか興味ないって」
「えぇ。だから俺も努力すると誓いました」
「うん…」
「自分から言うのもおこがましいですが、俺の頑張りは伝わってますか」
「え…あぁ…うん、いつも助かってるよ」
「それは近侍としてですよね」
「あー…かな?」
「男としてはいかがですか」
「…えっと…」







「それで蹴飛ばして逃げてきた、と?」

頷くと本日二度目の宗三のため息が聞こえた。

「だってどうしたら良いかわからなかったんだよ…」
「はっきり引導を渡してやれば良かったんですよ。まぁ、返答によっては彼自ら鍛冶場の炉に飛び込みそうですけれど」
「それだよそれ」

長谷部のことは勿論好きだ。でもそれは同僚とか仲間的な感覚だと思う。だから気持ちを受け入れることは出来ないし、刀解を申し出かねないからはっきりと拒否も出来ない。酷いことをしている自覚はあるけれど、そもそも二次元にしか興味がない自分にどうしろと言うのだ。

「あなたは本当に生身の人間には興味がないのですか?」
「んーそうだね。なんか、キラキラした部分だけ欲しいんだよね。ドロドロした感情とか恋愛による関係のもつれとか面倒なだけだし。ましてや性行為なんて考えられない」

それを突き詰めた結果が恋愛シミュレーションゲームだったってだけで。

「なんとも都合の良い話ですね」
「はい…」

ぐうの音も出なくて首を垂れる。長谷部のことも誤魔化し続けてきたけれどそろそろ潮時なのだろうか。刀解だけはどうしても避けたい。なら、プラトニックだったらまだ受け入れられなくもない…か?

そのまま考え込んでいると急に腕を引っ張られた。宗三の綺麗な顔で視界がいっぱいになる。反射的に身体を離そうとしたが背中に腕が回されていて叶わなかった。

「…宗三?」
「あなた、顔はそんなに悪くないのに、難儀なものですね」
「…そういうの、余計なお世話って言うのよ」
「ごもっともですね。余計ついでに試してみましょうか」
「へ?」

そのままぐぐっと重心が後ろへと傾いていく。

「ちょ、宗三!」
「はい?」
「ち、近い!ていうか離してっ」
「いま余計なお世話中なので」
「わ、わわわ!」

バランスを崩してとうとう倒れてしまった。綺麗な薄紅の髪の毛が顔にかかってくすぐったいなぁなんて思っていると、細くて少し冷たい指が頬を撫でた。経験がない私にもわかる。このまま流されてはいけないやつだ。

「あ、あの」
「真っ赤ですよ」
「え?」
「顔」
「っ!」
「ふふ、さらに赤くなった」

対兄弟以外、滅多に微笑むことの少ない彼に微笑まれてしまった。

「どこまで赤くなるんでしょうねぇ」

頭の中で警鐘が鳴り響いているにも関わらず、次から次へと展開が早すぎて処理が追い付かない。固まったまま動けないでいると宗三が顔を上げた。

「後はどうぞご自由に」
「!?」

開いた襖の方に顔を向けると、顰めっ面の長谷部が立っていた。

「宗三、世話になったな」
「いいえ」
「ちょっ、騙したの!?て言うかいつ打ち合わせたの!?」
「人聞きの悪いこと言わないでください。余計なお世話をしただけです。打ち合わせに関してはあなたが押入れに入ってる間に、筆談で」
「そんなぁ…」
「さ、主。行きますよ」
「ひぃっ」

捕まれた手首が軋みそうなくらい痛いけれど長谷部が怖くて訴えられない。そのままズルズルと引きずられる。

「邪魔したな」
「いやぁぁあああああああああああ」

宗三が優しいなんて、ちょっと考え直した方が良さそうだ。


─────

途中で引きずるのが億劫になったらしい長谷部に担がれて執務室へ運び込まれた。そのまま乱暴にソファへ押し倒され、間近に迫る険しい表情に気圧される。

「今度は逃がしませんよ」
「うぅ…」
「主が俺にしてきたことを考えたら、多少の無体は許されますよね」
「や、それは!ひゃあ!」

舌で首筋をなぞられて身体が跳ねた。初めての感覚に戸惑っていると、両腕を頭上でまとめ上げられ抵抗できなくされてしまった。

「長谷部、冗談だよね?」
「そう思うのなら、あなたはとんだ虚け者ですね」
「…本気なの?」
「俺はいつでもあなたに本気で接してきましたよ」

“伝わっていなかったのですね”と呟く彼の表情がとても悲しそうで、本当に酷いことをしきたんだと、今更ながら実感する。思わず飛び出しそうな謝罪の言葉は、さらに彼を落胆させてしまいそうで、ぐっと飲み込んだ。

「それでも、お慕いしていますよ」
「んっ」

乱暴な扱いとは裏腹にキスはとても優しいくて、胸の奥が苦しくてたまらない。まるで触れた唇から長谷部の思いが流れ込んできて、私の中がいっぱいに埋め尽くされていくみたいだ。

感触を一通り堪能したらしい長谷部が、唇の結び目を舌先でなぞってきた。びっくりして緩んだ隙間からすかさず侵入してくる熱い舌。ぬるぬるとした感触にゾクゾクする。

「…はぁ、はぁ」

歯列や上顎、舌の裏…口内を一通り蹂躙され、すっかり上がってしまった呼吸を整えていると、今度は舌を絡めとられた。じゅっ強く吸われ、その痛みに驚いて反射的に顔を背けるも、片手で簡単に顎を捕らえられ何度も何度も吸い上げられた。

「んん!ん!」

舌先から鉄の味がするようになった頃、気が済んだらしい長谷部からようやく解放された。とは言っても口元以外はしっかりと捕らえられたままだ。

「はぁ…主の血の味…興奮します、すごく」
「やだ…も、痛いことしないで…」

うっとり呟く彼が怖くて、息も絶え絶えに訴える。私の声が届いているのか定かではない。生理的にこぼれた涙すら嬉しそうに舐めとっていく。

ブラウスのボタンを外すのが煩わしかったのか、乱暴に前を暴かれた。少し離れたところで飛び散ったボタンが落ちる音がする。次に何をされるかなんて大体予想はつくが微かな抵抗すらままならない。どんどん捲れ上がるスカートもどうしようかと焦っている間に、長谷部は容赦なく事を進めている。

「長谷部、やめて」

言葉だけの抵抗の虚しさに打ちひしがれていると、胸をゆっくりと掬い上げられた。ブラのホックは暴れているうちに外れてしまったらしい。

「柔らかい…」
「いや、だっ」
「ふふ、主のここ、硬くなってます」

ぎょっとして長谷部に視線をやると、赤くて長い舌がねっとりと突起を舐めた。ザラザラとした舌の感覚に身体が震える。

「あ、あ…や、」
「いけませんよ主、そんな顔をされては…止められなくなってしまいます」
「ちが、あ!」

もう片方の突起を吸い上げられた。思わず先ほどの痛いキスを思い出してしまう。舐めたり、吸ったり、指で転がされたりしているうちに、下腹部が痛くなってくる。恐怖からの生体反応か?なんて頭の片隅で考えてみたけれど、そんなのは全くの検討違いだと直後に思い知らされる。

「ひぁあ!」

ずっぷり。何の前触れもなく、長谷部の指が秘部へと差し込まれた。出し入れされると、自分でも驚くくらいの水音がする。

「あぁ…もうこんなに」
「ち、違う!」
「何が違うと言うのですか?」
「…っ!」

あぁ、さっき下腹部が痛かったのはここが反応していたからなんだと、落胆する。さっきまで確かに感じていた恐怖は一体なんだったのか。勘違いだったのかな、とも。

「ぁあっ」
「ここ、ですか?」

上の方を引っ掻くように刺激されて腰が勝手にビクビクする。擽ったいような、切ないような、もどかしさを感じる。

「や、やめて…そこヤだ!」
「そうですか、そんなに良いですか」
「はせべっ」

容赦なく刺激されて、垂れ落ちる愛液が自分でもわかるくらいになった頃、長谷部が前を寛げ始めた。

「は、長谷部、やだ」
「今更やめるなんて出来ません、よっ」
「あああああっ」

勢いよく貫かれ身体が弓なりにしなる。

「はぁ、はぁ、主」
「やだ…抜いて」
「ははは、何を仰るかと思えば」

取りつく島もなく、その後も数回、まるで獣のような長谷部に食い散らかされた。

─────

気が付くと、綺麗に後始末をされた状態で布団に横たわっていた。傍らには心配そうにこちらをのぞき込む長谷部がいる。

「はせべ…」
「主、あの、俺」
「起こしてもらえる?」
「…はい」

補助してもらいながら起き上がると、身体の至るところに痛みが走った。

「っ…」
「大丈夫…ではありませんよね」

身体を冷やさないように、羽織をかけてくれる。今はいつも通りの優しい長谷部だ。顔を覗き込んでみると今にも泣きだしそうで、先ほどまで感じていた恐怖なんかがしゅわしゅわと炭酸泡のように消えていく。不思議。

「休めば大丈夫だと思うから」
「はい…」
「お水もらえる?」
「はい」

枕元に置かれていた水差しから、グラスに半分ほど注いで手渡してくれた。長谷部の手が心なしか震えているように感じる。

カラカラだった喉を潤して一息つくと、ゴンッと鈍い音がした。何事かと見やると長谷部が土下座をしていた。そして震えた声で想像通りの言葉を叫ぶ。

「俺を!刀解してください!」
「あー長谷部、あのさ」
「この度の無礼、どのような言葉を尽くしても謝りきれません!ならばこの命を持って償います!」
「だからさ、落ち着いてよ」
「主!」
「命令よ、落ち着いて。あと自ら炉に飛び込むことは許しません。出陣して敵に折られるような無様な最後も許しません」
「…っ…、はい」
「あと頭を上げて」
「…はい」

土下座をやめさせられたは良いものの、それでも彼はぐったりと項垂れている。さて、どうしたものか。とりあえず私は自身の感情と向き合わなくてはならない。それには月日が必要だが、今ここで、お互い沈黙でいる訳にもいかない。

「あのね、長谷部」
「はい」
「私あなたに酷いことしてきたと思う。ごめんなさい」
「いや、それなら俺の方が…本当に、申し訳ございません」

ぎゅっと握りしめられた長谷部の手を取ると、驚いた彼と目があった。

「うん。痛かったし、怖かったし、何より長谷部が違う人みたいで嫌だった」
「はい…」
「でもね、それでもあなたを刀解したいとは思わないよ。なんでだろ」
「……さぁ…俺には、分かりかねます」
「私にもわからない。だからね、答えがでるまで長谷部には変わらずそばにいて欲しいの」
「それは…できかねます」
「じゃあ言い方を変えるわ。これは命令です」
「…っ」

本当は命令だなんて言葉で縛りたくなかったのだけれど。極論、こうでもしないと長谷部は自責の念から何をしでかすかわからない。

「答えがでるまでは、もちろん長谷部の気持ちにも返答できないけれど…それでどうかな?」
「…お許しいただけるのですか…」
「それも含め答えられません」
「……本当に、酷いお方だ…」

泣きそうに笑う彼に、また胸の奥が苦しくなった。


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