○ ゾンビのお茶会
赤い目は、地を這うような声で「うるさい」と言いました。
濃煙満ちる理科実験準備室、サイタマ先輩とジェノス先輩が探していらっしゃった人体模型は窓のない室内で明後日の方向を見上げていました。
どうせ旧校舎の取り壊しで共に滅ぶ身だという諦めさえ映しています。
文化祭が終われば我々生徒もケイちゃんもドカン! 文化祭とは名ばかりの時限爆弾です。しかし時の流れに逆らうすべなど持たざる私たちにできるのは反抗的な顔つきで日夜おもしろおかしいモノを探し続けることだけなのでしょう。
「一応聞いておく。ゾンビの噂はお前じゃないだろうな」
「……」
「おおいゾンビマン」
赤い目ことゾンビマン先輩は白い顔を横切るイヤホンを引きちぎるような乱暴さで抜き取ります。くわえたままのタバコの先を赤くともらせて、ぽふんと吐き出し部屋を埋める煙をより濃くします。
制服、においがつかないでしょうか、とても心配です。
フィルター一歩手前までというかなり学生らしいタバコの味わわれ方をすると、ゾンビマン先輩は足下の大きな缶へとタバコを落とします。実験に長らくつきあい口の中をマッチとどす黒い汚水となにやら泥のようなものでパンパンに満たしたナッツ缶は、鷹揚にタバコを受け入れます。
じゅわととてもいい消火音を聞いてから、ようやく、
「知らねえな」
「いやっていうかなにタバコ吸ってんだ生徒会!」
「学校入ったらいきなり『お前今日から生徒会だな』とか言われてるんだぜこっちは。付き合ってられるか」
ゾンビマン先輩はお尻の脇ポケットから半分つぶれたシガーケースを取り出して、理科室備品のマッチを平然とくすねるとぽんと指打ち一つで飛び出させたタバコを唇にくわえました。大変堂に入っています。
こういうのなんていうんでしたか。
不良。
ヤンキー。
もっとしっくりくる言葉があった気がしますが。
「黙っててくれよ」
「そういうわけにゃいかねえだろ」
「そうだこの不道徳者が。大人しく職員室の床に頭をこすりつけると良い」
マッチ箱側面へ赤い頭を滑らせます。一発で火がつきました。やはり手慣れたご様子。炎をタバコへ押しつけながら、すうと息を吸い込まれます。恐い顔をするジェノス先輩もがに股でハナクソほじり出しそうなサイタマ先輩もその添え物たる私のことも眼中にありません。
一振りでマッチを消すとやはりナッツ缶へ燃え殻を落とし、親指でくいと人体模型の後ろを示しました。
ビーカーにドリッパーにフィルター、そして『味わいブレンド すっきりタイプ』とでっかく印刷されたレギュラーコーヒーの袋が、クリップで適当に口をしめられています。
「コーヒー淹れるぜ」
「ミルクある?」
「ああ」
「サイタマ先輩! こういう不良はやつけることで愛好会としてのヒーロー活動を周知し」
「カルメ焼きも作れる」
「! サイタマ先輩の分は俺に任せてください」
あっさり二名籠絡。
だめですこの方々。
「チョコレートもある」
「ミルクありますか」
「ビターしかない」
私もだめです。
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