○ 伝染るんです
ご近隣の住民方は通報ムード一色に染まっておられました。カーテンの影からこちらをちらちらとのぞき込むその手には携帯電話や家庭電話の子機が握られているのです。
それも致し方がないことでしょう。
道路に転がる4人の学生服、その半分が……私だって事情を知らなければ目をそらすか110番にお電話かけるかしかねません。
ムキムキした筋肉の隆起で黒セーラーの胸当てを盛り上げる禿頭の男性と、お嬢様学園として名を馳せる我らが花園高等学校のセーラー服の袖をぶちぬく機械腕のサイボーグ男性。朝昼夕は女学生が山と通る通学路に、そのような二人組みが這いつくばっていたらさあどうなさいますか?
ええ、結論は口にしていただかなくて大丈夫です。十分なのです。
しかしいかなるお姿と言えどいかような性嗜好を持ち合わせていようとお世話になったお二人です。
明日のヒーロー日報一面記事にお写真が載り、『夜の通学路で女装を披露!? あきれたヒーロー御用!』などと煽りをつけられる。それはとても忍びないです。
受話器とか爆発しないでしょうか……今こそ目覚めよ念動力! むむ!!
「……ちょうど良いわね」
コンクリートへ降り立ったタツマキお姉ちゃんは不機嫌に腕を組むと、上目遣いで私を見下します。とんでもない高等技術です。
「コガラシ、やってみなさい」
「お姉ちゃんやってます。受話器爆発は難しいです」
「バカね! あんた本当におバカさんね!! できるわけがないでしょうバカね!!」
「うっ、タツマキお姉ちゃん言っていることがよくわからないです。バカです……」
「あんたがいつもやってることでしょ!? あれしなさいよ! 人を笑わせたり不安にさせたりする、あれ!!」
あれ。
思い当たる物が一つあります。
「先ほど……」
「?」
「カレーライスを食べてきました」
タツマキおねえちゃんが小首をかしげます。
「お腹は鳴らせそうにありません」
超能力ビンタ!
タツマキお姉ちゃんが遠くから振るった手のひらは、神の領域から私の頬を平手打ちにしました。
「ちょっとタツマキさっきからなんなのよ! いい加減にしなさいよ!」
したたかに打ち下ろされてみっともなく尻餅をついた私を、すぐさま駆け寄ってきてくださったフブキお姉ちゃんが肩から抱き起こしてくださいました。
私を庇い立て、タツマキお姉ちゃんに向かいあいます。あの、私だったらへっちゃらですので……そのようなにらみ合いなどしないでください。見つめ合っては素直におしゃべりできないものでしょう。
「フブキ、あなた今どういう気分」
「怒ってるに決まってるでしょうこの悪魔!」
「本当に? ちょっと自分の感情を落ち着いて見つめ直しなさい。不安、疑問、あとは……悲しみみたいね。どう?」
え、それって。
フブキお姉ちゃんは口をつぐまれました。言葉はありませんでしたが顔面を埋めるような困惑と緊張感が、タツマキお姉ちゃんの言葉が真実であったことをなにより雄弁に語っています。
ですが、しかし、
「コガラシ」
「はっはい!」
「あんたも、そうなのね?」
「……はい」
そうなのです。
先にタツマキお姉ちゃんが上げた感情、不安に疑問、悲哀はまごうかたなく私の胸中に溢れたものでもありました。
……すごいことです。
タツマキお姉ちゃんにはテレパスの才能もあったなんて!
しかし、フブキお姉ちゃんがなぜ不安になられるのでしょうか? ビンタを受けてびっくりしているのは私だというのに。
タツマキお姉ちゃんは歩くほどの自然さでに地面から浮かび上がり、フブキお姉ちゃんを超能力で押しのけます。
「ちょっとタツマキ!」抗議の声には耳もくれない様子です。
タツマキお姉ちゃんが懐から取り出したはがきサイズの一枚紙、小さな指の下に見えるそのお姿は、
「無免ライダー先輩だ……!」
ゴーグルやヘルメットの下にやさしげなほほえみをたたえた、無免ライダー先輩ではありませんか! 明らかにオフショット! ああ! 頂けませんかそれ!?
「……腹立たしいわね」
「えっ」
「こっちの話よ。フブキあなた、これが欲しい?」
そ、そんな殺生な!
「……くれるというなら貰ってあげないこともないわ」
「見なさいコガラシ。もうわかったでしょう」
なるほど。そういうことでしたか。
「お姉ちゃん達も、無免ライダー先輩のことをお慕いして……」
「違うわ!!」
うわたつまきおねえちゃんまじぎれこわい。
「あんたは自分の感情を周囲にまき散らして伝染させてるのよ!!」
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