○ 脱がさないでもってけ機関銃

 花園学園の旧校舎廊下の木造床に夜が映り、黒い道は奥へ奥へと底知れぬ長さに伸びています。実際歩けば大した長さでないのはわかっているのですが、昼と違うシンとした顔つきの学内は、やはり雰囲気があるものでした。
 古今東西学生教師警備員が見た不思議なるもの、常と異なる出来事がいつ何時起ころうと、なんらおかしくない様相です。
 ティンカーベルの影や光を求めてきょろきょろ顔を回します。床や、壁や、窓や窓の桟に反射する緑の光は誘導灯のピクトさんでしたが。

「わくわくしますね」潜めた声にこらえきれない興奮が滲み出していました。「真夜中の学校。怪奇現象の巣窟です! これでなにもなければあとは頭丸めて出家するほかありません」
「おい自分は大事にしろぶっとばすぞ」
「!? あ……そうですよね、すみません、本当に……」
「心から申し訳なさそうにするなぶっとばすぞ!」
「ちょっとハゲマント私の妹になんて口のききかたしているのよぶっとばすわよ」
「おいサイタマ先輩に生意気な口を叩くなフブキ。ぶっとばすぞ」


 突如巻き起こるぶっとばす合戦でしたが私の力では誰一人としてぶっとばすことができません。参戦は見送ろうと思います。
 一年生の頃に毎日通っていた教室からは、まだ電池の生きている時計が秒針を刻ませる音が静かに聞こえてきました。
 かちっ、かちっ、かちっ。
 進む一秒が積み重なって明日になろうと、明後日になろうと、来月になろうとしています。文化祭が過ぎ、あやふやな気持ちのままで進路を決めて、正しいかわからないままどこかの学校へ行ったり就職活動をしたりするのでしょうか。
 ああ、なんだか息苦しい。


「時よ止まれ……」
「どうしたのコガラシちゃん。ゲーテ?」
「や、文化祭だよなコガラシ」
「は?」
「時よ止まれ俺たちは美しいがスローガンだ」
「俺たち? ちょっと待って、花園って、」


 フブキお姉ちゃんの言葉が不自然にとぎれたのも無理からぬ話です。


「あ、あれ!!」


 前方。
 今、まさに、教室前扉の物見窓から漏れる輝きがありました。水に映った光の如くたゆたう、緑色の輝きが!
 唾を飲む音さえ大きく響きました。
 からりと音を立てて戸を開き、ついに光源がゆっくりと、廊下へ出てきました。案の定、飛翔して、女性で、黒い服に、おとぎ話のごとく小柄な肢体、あれは! あれこそは!


「ティンカーベル!?」
「タツマキお姉ちゃん!」


 ジェノス先輩と私の言葉がだだ被りしました。
 はっとした後赤面し、顔を手で覆い隠したジェノス先輩をサイタマ先輩が「大丈夫だってジェノス! 俺もティンカーベルだと思ったから! 大丈夫!」とフォローしています。
 そんなことより!
 タツマキお姉ちゃん、久しぶりにお会いしました! お変わりなくふわふわ飛んでいらっしゃいます! 元気そうでなによりでした!


「……なにやってるのよあなた達」
「かくかくしかじかでな」
「わかんないわよ」
「ティンカーベルをご覧になりませんでしたか」
「映画館で見たわよ」

 タツマキお姉ちゃんは私や、フブキお姉ちゃんや、サイタマ先輩やジェノス先輩をじっくりと見やります。それから主に血縁のないお二方へ向けて豚へ向けるような嘲笑を浮かべ、

「揃いも揃って、バカみたいね!」
「バカみたいとはなんだ、タツマキお前もちゃんと制服を着用しないか!」
「セーラー服を?」
「そうだ」ジェノス先輩は、力強く肯定。
「セーラー服を?」
「当たり前だろ」鼻くそほじりそうなサイタマ先輩。
「セーラー服を?」
「しつこいわね」フブキお姉ちゃんは繰り返される問いに苛立ち、腕を組んで足でたんたん音立てます。

 タツマキお姉ちゃんは、鼻でため息をつきました。
 タツマキお姉ちゃんの手のひらがこちらへと向きました。あれまさか、

「え!」
「おいっ」
「ちょ!」
「なにをっ、」

 口々断片的に漏れた抗議も疑問も全て頭っから無視をして、タツマキお姉ちゃんは私達4人とご自身を飛ばす念動力の片手間で窓の施錠を外し、開き、

「わああ!!」

 全員、窓の外へと放り捨てました。
 見えない糸で引かれるというよりも、見えない手につままれ超高速で運ばれるようでした。明かりのぽつぽつ残った現校舎を飛び越えて正門もくぐることなく、私達は学校の敷地外へ放り出されました。ご帰宅寸前、見ず知らずのお父さんを横切って、4空から降ってきた4人の学生がどってんと転げ落ちます。……申し訳ありません嘘です。私だけさりげなくふんわり下ろしていただいていました。やはり力がないから。


「なにするのよタツマキ!」
「もういっぺんだけ聞いてあげる。セーラー服を?」


 私たち姉妹が落ちた道ばたよりも数メートル先の通学路、街頭に照らさ一角をフブキお姉ちゃんが驚きに満ちた表情で見つめます。
 そこには、サイタマ先輩とジェノス先輩がひざをついています。
 先んじて異変を認知したのは、サイタマ先輩でした。

「おいジェノスなんだその格好」
「なんだって……学生ですから、学生服ですサイタマ先輩、あなたも着ています」
「おいちょっと待て待て。待てよ。なんだよ先輩って」
「どうしたんですサイタマ先ぱ」ふいに口をつぐまれました。夢から覚めたような顔で、「サイタマ、先生」
「だよな。お前も俺もヒーローだよな、学生じゃない」
「そう、です、ね」


 困惑をむき出しにした顔で、ジェノス先輩はサイタマ先輩のお姿を子細に眺めておられます。


「それで……あーその、なんだ。趣味か。趣味なのか?」
「サイタマ先生、申し上げづらいですが、あの」


 そこへ至り、ようやく私もそのことに気づいたのです。
 互いを指さす男性二名、その服装が、


「「なんでセーラー服?」」
「やだ、変態じゃない……」


 フブキお姉ちゃんあまりにもあけすけすぎます。
 しかし女学生の制服を着用した二人の男性が這い蹲るお姿を前に、私も……変態以外の言葉が思いつきません。その先にある『止まれ』の道路標示が、別の道への一時停止と考え直しを説得しようとする言葉に見えます。


「まったく、アンタが自分の能力に気づいていれば……」

 タツマキお姉ちゃんの鋭い視線が私へと向けられました。
 ……能力?

「……どういうことでしょう、私、私にはなにも」


 タツマキお姉ちゃんは私の言葉を目力だけで遮ります。


「もういいわ私が教えるわよ! コガラシアンタは超能力者よ!!」


 ……。
 …………。
 ………………例えば、

 透視能力実験で、トランプの図柄数字をことごとく外し、
 発火能力実験で、火種に使用したライターでちょっぴりやけど、
 明日のテストのヤマさえ当たらない予知能力、
 真っ白の紙を真っ白のままにする念写、
 ぴくりとも物を動かせないサイコキネシス、
 例をあげればキリがありませんでした。
 あらゆるESP、PSIを自己開発しようと私は生まれてこの方延々もがきうめきのたうち回ってきたのです。
 結論。
 私は超能力者ではありません。


「超能力者よ! ぶっとばすわよ!?」


 ひええ。

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