○ 4人で探すティンカーベル

 ホテルへ戻りルームサービスのカレーライスをお腹に入れました。ぺこぺこだと激しい自己を主張していたくせに、お腹は半分近くカレーを残してしまいました。


「コガラシちゃんどうしたの」
「いいえ……自己嫌悪です」
「……なにかあったの? お姉ちゃんに話してみない?」


 私は頭を横へ振るしかできません。
 恋慕する相手にお腹の奏でを聞かせてしまったなど、しょうもなすぎて言いがたかったのでした。


「そう……」


 なにもフブキお姉ちゃんまでしょげる必要などないというのに、ホテルはまるきりお通夜の雰囲気でした。


「こういう時にじっとしているのは良くないのよ。コガラシちゃんお買い物へ行きましょう。じき冬だしコートでも採寸に行きましょうか」
「ありがとうフブキお姉ちゃん。あ、でもだめです」


 雷に打たれたように驚かれてしまいました。私がお姉ちゃんの誘いをむげにしたのは初めてだったのです。


「どうしたのお姉ちゃんのこと嫌いになったの!?」
「そんなことはありえません!」
「ならいいわ!」
「これから愛好会活動なのです」
「異能力研究会?」
「異能力及びヒーロー活動愛好会です」
「なによそれは」


 幾度名乗ってもフブキお姉ちゃんは異能力及びヒーロー活動愛好会の名を受け入れてはくれません。
 まあ、少し前まで異能力及びヒーロー活動愛好会ではなく異能力研究会を名乗っていた私です。仕方がありません。
 ふいに疑問が浮かびます。
 そういえば、異能力及びヒーロー活動愛好会、と長ったらしく改名したのは一体いつの事だったでしょうか。


「私も行くわよ」
「え」
「……行っちゃ悪いかしら?」


 予想して居なかった展開に思わず固まってしまった私に、フブキお姉ちゃんはわざとらしく怒った顔をしてみせました。その奥底に隠そうとする不安が、寄った眉根からちらりと覗き込んでいました。
 ああ、やはりタツマキお姉ちゃんに似ています。
 そのことがたまらなく幸せに感じる私です。


「いいえ、いいえ! うれしいです!」


 フブキお姉ちゃんはにこりと笑い、私の手を取りました。
 絡められたのは白く細い見た目を裏切らず、冷たく、優しい人の指でした。






 道中ふいに思いついたらしく、そうだわとの前置きを経て、


「フブキ組の子達も呼びましょうか」


 ありがたいお申し出でありました。捜索は人数が多くいれば有利に決まっています。
 しかし相手は忙しく駆け回るヒーローの方々、課外活動でお手を煩わせるわけには参りません。


「大丈夫ですよ。ただの部活ですから」
「そう」
「お姉ちゃんはお友達が多いですね」


 フブキお姉ちゃんは友達、と反芻してからふふふと上品に笑い、


「手下よ」
「異能力研究会もすごかったんですよね」
「最大研究会員は500人を越えていたわね」


 500人!?
 すごいです。我らが地学準備室が何室あれば全員納まるでしょうか。そもそもそんなみみっちい計算を始めた時点でだめな気がします。


「すごいです。流石フブキお姉ちゃん」
「それほどでもないわ。愛好会は何人居るの?」
「3人です!」
「……」


 黙りこくられてしまいました。
 自覚はありましたが、やはり我らが異能力及びヒーロー活動愛好会は少会員化がとても深刻な模様です。


「今度、会員集めのコツを教えて上げるわ」
「わあい」

 それは百人力です!






 文化祭の準備期間中とはいえ、最終下校時刻は過ぎていました。
 狂乱ともいえる喧騒を失った学園は、始まったばかりの夜の藍に沈んでいます。窓にぼんやり映る誘導灯の緑にどこか物悲しささえ覚えます。

 旧校舎昇降口前の階段を上ると、サイタマ先輩とジェノス先輩がお待ちでいらっしゃいました。約束の時間よりもう少しあると言うのに! 流石のお二方です、とても勤勉です、尊敬します。
 先輩! と呼びかければお二人は標準服の汚れもいとわぬうんこ座りのままこちらを向きます。
 びっくりした顔をされました。
 今更ながら、私は先輩方に姉を連れて行く連絡を怠っていた事実に気づきます。
 どきどきしてきました。


「おいフブキ」


 ゆっくり立ち上がるジェノス先輩の挙動は、威嚇の声を上げながら背中の毛を逆立てる猫を思わせます。瞳に映る感情はいかにも険しげでした。
 まさか敵意のたぐいではないと信じたいのですが……。
 返答するフブキお姉ちゃんも、あくまで強気ながら緊張が滲んでいました。


「なによ」
「百歩譲ってお前がここにいるのは良い」


 あ、よかった。
 ホッとする間もありません。ジェノス先輩は塗装されて白い指先を、名探偵の動きでフブキお姉ちゃんへ向けて、


「なんだその格好は!」
「な、なによ」


 動揺しているフブキおねえちゃんの格好は普段通りの黒ワンピースでした。

 そうです、我々3名学生標準服のおそろいルックなのに、フブキお姉ちゃんだけ仲間はずれなのでした。
 サイタマ先輩までぷんすかし始めます。


「学校の敷地にはいるときには制服着るもんだろうが! 舐めてんのか!?」
「今すぐ演劇部に忍び込んで、制服借りて来い!」


 二人の怒れる先輩は腕を組んだ仁王立ちで『言いつけに従うまで一歩たりとも先へは進ません』とばかりの構えです。
 ヒーローが不法侵入をそそのかしていいのか、などと、施錠後の学内へこっそりお邪魔する予定の私が指摘できることではありませんが。
 






「私の学校では白セーラーだったわ」


 しぶしぶ黒セーラーに袖を通したフブキお姉ちゃんのお隣にぴたりと身を寄せて、消灯後の旧校舎を行きます。恐怖が歩幅を小さくさせるので、私は先行するサイタマ先輩の肌色の頭部とジェノス先輩の金色の頭部を追いかけて少し走る形になります。


「それで? 何をしに集まったのよ?」


 そういえばフブキお姉ちゃんには説明がまだでした。
 その問いへはジェノス先輩が解答を出しました。


「ティンカーベルを捕まえるんだ」
「……」


 フブキお姉ちゃんがいたたまれない顔でジェノス先輩を見ました。ついで、そのお隣を歩むサイタマ先輩に向け、


「ハゲマント、あなた弟子をどうしちゃったの言っていることがめちゃくちゃよ」
「は? ティンカーベルを捕まえるんだぞ」
「こっちもだったわ」
「お姉ちゃんティンカーベルを捕まえるんです」
「私の大事な妹まで!!」


 フブキお姉ちゃんはひしと私を抱きしめます。く、くるしい……!


「アナタ達なんかと一緒にいたから妹にバカが伝染ったじゃないどうしてくれるのよ!」
「うるせえな……かくかくしかじかなんだよ」
「わからないわ。一から十まで説明しなさい」
「じゃあ行くか」
「一人にしないで!」
「じゃ着いてこいよ。コガラシなんかなんもわかんなくっても着いてくるぞ」
「はい!」
「コガラシちゃんおねえちゃんとちょっとお話ししましょ。……その素直さとっても心配」

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