○ 逃げる弱虫腹の虫


 死にたい。


「ははははは。いや超面白かった。あのあとちがうんですちがうんですってテンパってそのあとずっと噛み倒したところとか最高だった」
「平然と続ければよかったのにな。聞いてるこちらが恥ずかしくなった」
「……」


 口をつぐみうつむいて羞恥に耐える私を、おなかは更に追い詰めてきました。
 ぐう〜……。


「……それ持ち芸?」
「ちっ違います! 今日に限って購買も学食も大盛況で結局お昼ご飯は牛乳一本だったんです!」
「ああどっちもすごかったな」
「おばちゃん感謝してたぞ、今日の売り上げのおかげで月間予算久しぶりに達成するって。コガラシの腹の音毎日流してくれって言われた」
「……」


 さすがの私も恥を知ります。辛い。


「まー今日は一旦帰ってたっぷり飯食ってこい。7時に校門集合な」
「制服でですか?」
「当たり前だろ」


 サイタマ先輩は立ち上がり、地学準備室こと我らが異能力及びヒーロー活動愛好会活動拠点の窓辺へ寄りかかりました。
 旧校舎へいどむような笑みを浮かべ、手のひらに握りこぶしをばっちんとぶつけ、


「捕まえてやるぜティンカーベル」


 言うことはとてもファンシーなのです。





「あ、」
「!」


 無免ライダー先輩!
 いつもならアタマのよろしくない犬のごとく駆け寄る私でありますが、今日ばかりはローファーの裏に根っこが生えています。

 臆病な私に小首をかしげながら、快活な笑顔を浮かべら無免ライダー先輩が歩み寄って下さいます。


「やあコガラシ君、元気そうだね!」


 やはり、放送、聞いたんですね!


「あ、ちょっと待ってくれ、いつものお礼に良い物をあげよう」


 私はもうなにも返事ができません。赤面を見られるのがいやで近寄ることもままなりません。お小水を我慢している小さい子のようにうつむいてもじもじしていたそのときでした。
 三度でした。

 ぐるう〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……」
「……!!」


 前二回と比較しても明らかに最大級のやつです。例えるならP波とS波、主役とガヤ、スプーン曲げとタツマキお姉ちゃんの超能力くらいの差がある、ものすごいお腹の応答でした。


「すごいね」
「……っ」


 ああ、悪意がないのはわかっているのです。
 しかし、ですが、


「あれ、コガラシ君!?」


 私は逃げました。
 地獄の業火をはるかに超える灼熱の羞恥が全身を巻いています。

 こけつまろびつ願いました。

 お願いだからもう話しかけないでください、追わないでください、私の顔をみないでください。

 みっともなくて本当に本当に悲しいのです。

 ソフトボール部の暴投球をすんでのところでかわしながら、ほとんど組みあがったやぐらの真横を走りぬけながら、ミスプリントのチラシをふんづけながら、土ぼこり立ち上らせグラウンドを突っ走り、校門を出て住宅街の半ばで急速に力が抜けました。

 それでも私風情の全力疾走。
 男性の、それもヒーローたる無免ライダーさんの脚力の前では追いつかれること請け合いのちゃんちゃらおかしい逃走だったはず。

 恐る恐るふりかえります。

 そこには、大量の生徒を飲み込んだ校舎と口を半開きにした校門と、ちらほら下校をするセーラー服たちしかいませんでした。

 来ないでとあんなに思ったにも関わらず、少女マンガを読みすぎた私の脳ミソは真後ろから引き止められる展開を期待していたようです。

 本当に本当に、みっともなくていやになります。

 それにしてもあのお腹の音。思い返すだけでも顔面真赤に染めることを禁じ得ません。

 バカバカ、コガラシのおたんちん!!
 こんなことなら、カリフラワーでもかじっておけばよかったのに!!


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