○ 放送室への無限階段

 ところで私は放送委員でもあります。

 新校舎を3階まで上がり連絡通路を渡って旧校舎へ入り、また2階あがったところに放送室はあります。
 むろんの事ではありますが、新校舎にも放送室はちゃんと存在するのです。

 が、

 文化祭直前のこの時期は放送部のみなさまが目を血走らせながらラジオドラマを収録しています。
 真っ赤な白目で「お願いだからじゃましないでええ」と詰め寄られる迫力をどう例えればいいか。うん、お化けのようです。恐ろしすぎて近寄れません。

 5階分の階段を上るのはたいへんしんどいです。しかし私の足取りは場違いにも軽くホップとステップを踏みます。
 旧校舎!
 オカルト!
 この階段、いつまで上っても頂上へたどり着くことのできない無限階段だったりしないかしらん。


「あ、フォルテ先輩」
「……」


 旧校舎の4階、5階間を下ってきたのは放送委員のフォルテ先輩です。ニット帽にサングラス、ポパイの鼻のごとく膨らませていた風船ガムをしゅるしゅる口の中に納めて、


「お前もか?」
「え、はい今日は私が放送担当ですが」
「違う! お前もこの階段から抜け出せなくなったのかって聞いてんだよ!」
「え!」
「くっそお、いつまで降りてもどこにも辿りつけねえ……! どこまでもどこまでも階段だ……」
「無限階段……すごい! すごいじゃないですか!」
「すごくねえっつーんだよどうすりゃいいんだ!」
「わかりません! 解き明かしてみましょうご一緒します!」
「わかんねえのかクソ! 行くぞ!!」


 ああーわくわくしますねー!
 今にもマジギレしそうなフォルテ先輩の前に立って階段を下ります。踊り場を回り、次の踊り場へ向かったつもりで私はジャンプ一発、


「……」
「フォルテ先輩」
「おう」
「4階です」
「わかる。階数表示そこにあるしな」


 階段真横の防火扉には、静かに斜めに引っかかっているプレートがあります。
 黒インクがほとんどはげてしまい、くぼみの陰影だけの「4」。
 最後の段差を降りた先には至って普通の廊下が広がっていました。

 まごうかたなき4階でした。

 おかしいではありませんか!

 無限階段と言うのは下れども下れども行き着く先は何階でもない中途半端な踊り場であると相場が決まっているもの。4階にたどり着いてしまうなど狂っています。
 こんなの、ただの階段ではありませんか!


「一応もう1階降りてみましょう」
「つーか4階から旧校舎は出られねえんだよ」
「……」
「……」
「フォルテ先輩」
「……おう」
「3階です」
「わかる。階数表示そこにあるしな」
「どこが無限階段なんですか!?」
「さっきまで全然出らんなかったんだって! まじで!! 二時間目から今の今までずーっと階段下ってたんだぞこの心細さお前理解できねえのか! おらあ!」
「逃げた!」


 新校舎にダッシュで戻るフォルテ先輩を見送りました。


「……また上るんですね」


 私は一人、もう無限でもなんでもないどうでもいい階段をとぼとぼ上り始めます。
 おなかが空きました。今日のお昼ご飯は購買がベストです。
 購買は文房具類の他菓子パン総菜パンサンドウィッチにお菓子にお茶にジュースが少しずつではありますが置かれています。今日はフルーツサンドの気分です。
 学食が安くてきれいでおいしい花園学園は購買の競争率が限りなく低いので安心です。

 ちょっと息切れをしながら放送室の重たい分厚い防音扉を開きました。
 フォルテ先輩のせいで大分時間をロスしましたので、ちょうど四時間目の終了チャイムが鳴ります。大急ぎで放送席へ座り、マイクの首を口元に調整します。スイッチカバーをはずしてから「ON/OFF」のONを上げます。

 赤いライトが点灯しました。


「こんにちは、放送委員のコガラシです」


 そのときです。

 私の、お腹が挨拶したのは。


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