○ 夏の三姉妹

 この世は不思議で満ちています。
 満ちているはず、なのです。


「なんでお前なんも見えないの」


 サイタマ先輩に問いに対し私が答えを持っていれば、すでに私は解決策へ向け一目散に突っ走っているにきまっています。
 オカルト現象にふれることが出来るのであれば火のなか水のなか滝のなか。怪しげな方法で修行をすることもいといません。いかなる年月を犠牲にしても払う覚悟はあります。

 それなのに……!
 うつむく私の視界にあるのは異能力及びヒーロー活動愛好会活動拠点たる地学準備室にある組立机の天板だけです。どうせどこを向いたって私だけがなにも見えないのです。ええなにも!


「……なんなんですか。みなさんそろってあそこに子どもの影がだの落ち武者の生首がだの……私が見つけることができたのは犬の糞とゴキブリだけじゃないですか。とても現実じゃありませんか」
「見えないっていう超能力が覚醒してんじゃねえの。ははは」
「そんな能力じゃ戦えません……」


 ジェノス先輩は購買で購入したかりんとうの包装をパーティー開きにして、「サイタマ先輩どうぞ。コガラシもつまむといい」とすすめてくださいました。

「……」

 開けた割にはだれも手をつけません。
 犬の糞を見たあとのチョイスですので……私もなんというか、若干あれです。抵抗があります。


「コガラシは戦いたかったのか」
「お姉ちゃんと一緒にヒーローをするのが夢です」


 少し、幼少のみぎりのお話におつき合いください。私たち姉妹が外へ出れば、必ず「三つ子ちゃん?」と問われていた時代でした。

 夏休みを目前にした学内は、可能な限り空っぽになるなければなりません。大量の配布プリント、図画工作の作品、書道の作品、そして学用品を持ち帰ります。

 タツマキお姉ちゃんはご自分のお体ごと大量の学用品を宙へ浮かせます。滑空しながらご帰宅なさる姿はまさしく妖精さんです。

 フブキお姉ちゃんは「いい女は下品に飛んだりしないのよ」と幼くして洗練した美女論を掲げ、一つの荷物をご自分の異能力で浮遊させると、残りは周囲を取り巻く男性に持たせていらっしゃいました。

 一方の私は無能力者。

 本来であれば重たくて団子虫が付着した朝顔を両手でうんせと持ち、左肩に習字箱、右肩の布袋にお道具箱、後ろのランドセルにひいひいと涙目になりながら家路を這わねばならない身です。一個ずつ持って帰るという計画性のなさが我ながら残念なことでした。

 私のしょうもない窮状に、フブキお姉ちゃんは、「もう帰っていいわ」と男子児童たちを追い払い私の大量の学用品を浮かせ持ってくださると、

「ちょうど良い練習になるわ」


 そうほほえみながら手までつないでくださったのです。

 ですが二人分の荷物を家まで飛ばして帰るのは、決して楽ではなかったのです。

 フブキお姉ちゃんとてそのころは「よくできました できます もっとがんばりましょう」とのざっくりした評価を通知票でいただいていた幼き頃。さまざまな理由から超能力を今のように完璧にコントロールはできなかったようです。

 結果論といたしましては朝顔はひっくりかえり絵の具チューブは車道にぶちまけられました。

 フブキお姉ちゃんは幼くしていい女でした。
 いい女とはプライド高き女なのでした。
 あの時の、涙を浮かべることさえご自分に許さないフブキお姉ちゃんのお顔を忘れることなどどうしてできましょう。

 ぶちまけられた学用品を前に、私たち幼き姉妹は途方に暮れたのでした。

 するとどこからともなくタツマキお姉ちゃんが空を飛び駆けつけて、


「なにをやってるのよバカなんだから!」


 ……口は、はい。よろしくありません。多少バイオレンスな所があることは認めざるを得ないでしょう。

 しかしタツマキお姉ちゃんは口に出すよりはるかに優しい思考の持ち主です。あらゆる物のぶちまけられた惨憺たる通学路を超能力でサクッと片づけると、そのままさあっと空を飛び去って行くのでした。
 私の学用品とともに。

 フブキお姉ちゃんの学用品は残して。

 誤解するべきではないとわかります。
 タツマキお姉ちゃんもやはりいい女。フブキお姉ちゃんと同じく気高い方なのです。タツマキお姉ちゃんはタツマキお姉ちゃんなりに、フブキお姉ちゃんのプライドをむげに傷つけることがないよう思慮なさったのです。フブキお姉ちゃんの学用品は片づけるにとどめて置いったのはあえてなのです。

 それはフブキお姉ちゃんの力を、タツマキお姉ちゃんが認めている他ならぬ証拠でありました。

 私はどうあがこうとトランプ一枚浮かせることができない身、ふうふう息を吹きかけて揺れ動く蛍光灯の紐に手をかざして「念動力!」と遊ぶエセサイキッカーでした。大量のお持ち帰り文房具を放置されても持ち帰ることができずに途方に暮れたことは請け合いです。

 ですが、通学路と白ペンキでかかれたアスファルトに整然と置かれた絵の具やお習字箱や朝顔の姿は、あまりに寂しかった。

 フブキお姉ちゃんの目には、私より遙かに寂しく映ったはずでした。

 そういったとき私は、悔しそうで、申し訳なさそうで、恥ずかしそうなフブキお姉ちゃんの背中をただボンクラに見つめるほかありませんでした。
 私がなにを言おうと所詮は蚊帳の外。
 ノー異能力ノー発言権。

 立ち上がるフブキお姉ちゃんはすべての学用品達を再び宙へ浮かせ、うつむける背中にセミの斉唱をしょいこみ歩いていくのです。


 そうです。
 私のせいです。


 私がもし筆箱だけでも空中に浮かすことができる念動力者であれば、フブキお姉ちゃんに甘ったれず自分の荷物は自分で持っていれば……フブキお姉ちゃんが「タツマキはフブキが嫌い」などという恐ろしい勘違いをさせずに済んだというのに!

 異能力及びヒーロー活動愛好会にも箔がつくことは請け合い。「なにそれ気持ち悪っ」とい不名誉な評価を脱し会員も増え部活動に昇格し、生徒会長童帝さんも「いくら僕でもそんなわけのわからない活動はあれだよ……無理。かばいきれない」などと言わなくなるでしょう。無免先輩のお手伝いだって短時間で終わらせることができます。その後ゆっくりお話することが可能になるのです。

 もし私が超能力さえ使えれば……そうすれば私たちは戦うエスパー三姉妹となり、キャッツアイとでもドッグノーズとでも好きにかっちょいい名前で共闘できたという物を!

 今からでも遅くはないはずなのでした!
 コガラシは、コガラシは!


「必ずや超能力者になります! なってみせます! ……あれ、サイタマ先輩? ジェノス先輩?」
「おお、がんばれ。えーとスペードの4」
「応援している。すごいですサイタマ先輩スペードです。数字は9ですが」
「あんますごくねえな」


 果てしなくおざなりなお返事でありました。

 私の視界が懐かしい夏の日へ時間旅行している間に、サイタマ先輩とジェノス先輩はカードゲームに興じていました。53枚あるトランプをよく混ぜ、一人が一枚引いたカードの柄と数字を頭に思い描き、もう一人が相手の頭の中にある柄と数字を読みとり答える。テレパシー能力開発訓練です。

「……」

 見事にスルーされていた模様でした。そっと混じります。

 ジェノス先輩がまた一枚引き抜きました。
 サイタマ先輩はおそらくただの勘だけで「ハートのエース」
 私はかっと見開いた目でジェノス先輩の金色頭を覗き込みます。外気から身を守り涙の膜に阻まれた視界に、あらゆる金属でコーティングされているはずの脳が透けて見えてくる気がしました。「クイーン、スペード!」

 ちなみにこれはこれでまたすごい事ですが、私たち三名、未だだれ一人一度たりとも柄及び数字を的中させていません。ここまでくると神様の悪意を感じます。

「……」

 無言でジェノス先輩がひっくりかえしたカードはジョーカーでした。ピエロはちょっと小洒落た「しぇー」のようなポーズで笑っていました。

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