○ 今夜は電話

 帰ることにもなれてしまいまるで住み着いたように馴染んでしまったホテルです。その時、そこには私しかおりませんでした。

 こんな夜中に誰だろう。思い当たる節もない着信です。

 たいして入れ込んではいなかった英語の予習ノートからさっさと身をはなしてしまい、早く早くと呼び出し続ける携帯電話を手に取りました。
 あわやひっくり返るところです。

 タツマキお姉ちゃんからのお電話でした。


「もっもしもし!」
「元気?」
「勿論元気です。タツマキお姉ちゃんはお元気でいらっしゃいますか?」
「普通」
「なによりです」
「あんた、週末文化祭でしょ」


 知っていらっしゃったんですか!

 タツマキお姉ちゃんはお忙しい身、まさか末妹の学校行事にまで気を回しているような無駄時間などあろうはずもないというのに!
 まさか来てくれるのでしょうか……いえまさしくまさかですね。注目を好まないタツマキお姉ちゃんです。来校すれば必ずや握手とサインを求めるミーハー女子高生にもみくちゃにされ勝手に写メを撮られネットワークで目撃情報をつぶやかれ、等の事態は免れないとわかってのこのこやってくるタツマキお姉ちゃんではありません。


「文化祭でめざましい活躍をすればきっと愛好会にもわんさか人が増えて、超能力の研究も進み私が超能力を目覚めさせる日も近づ」
「くわけないでしょ」
「そんな!」


 ハエを叩くようににべもありませんでした。


「あんたが何しようが勝手だけど。また三階から飛び降りたりしたら今度こそ見捨てるからね」
「……」

 はい。

 まだ超能力に関して研究さえ始めていなかったくせにあこがれだけはいっちょ前に募らせていたひよっこの頃でした。

 なんとなくピンチになればなんとなく異能力が目覚めるような気になり、なんとなく黒いワンピースで完全に魔法と混同してお股へほうきをはさみ、今は爆発痕しか残っていない実家の三階からびゅっと空へ飛び出してみたのです。

 落下は想像よりはるかにスピードが出ます。
 あわや地球とファーストキスは目前です。急速に体が軽くなり、一息で出発点よりはるか上へ舞い上がりました。あとは二日目三日目の風船のようにゆるやかに滑空します。

 私、空を飛んだのは生涯あれきりです。


「いい、私がすぐに気づいて超能力を送らなければあんた今頃天国まで飛んでってたんだからね!?  もう本当に、二度とやっちゃだめよ!?」


 肝に銘じます。
 しかし見捨てるといいながらもうやっちゃだめと忠告して下さるタツマキおねえちゃんはやはりお優しくていらっしゃいます。


「ねえコガラシ、……学校は楽しい?」
「はい! お勉強は大嫌いですが学校は好きです。最近お化けがでるようになったとかで、とてもとても楽しいですよ」
「……おばけ」
「トイレの花子さんとか、ダルマさんがひとりでに歩いてただとか、後よく聞くのは旧校舎に座敷わらしが出るらしいです」

 タツマキお姉ちゃんからの相槌はありません。

「丁度今日の愛好会活動では理科室に出没する踊る人体模型のゾンビを調査したところです」
「要素多すぎるでしょうそれ!?」
「でもゾンビはゾンビマン先輩でしたし人体模型は動いたとサイタマ先輩やジェノス先輩は大騒ぎしておふざけしてらっしゃいましたが、うわさはうわさでした」
「……」
「お姉ちゃん?」
「あんた……」


 それきりふつりと黙り込まれてしまわれました。
 受話器の向こうからはしまりの悪い蛇口から水が落ちる音がしていました。
 タツマキお姉ちゃんは今、一体どこにいるのでしょうか。
 なぜ私たち姉妹は面とむかってお話ししていないのでしょうか。
 なぜ。


「いい。なんでもないわ。はあ、座敷わらしにゾンビ。しかもミイラだらけ」
「ミイラ! 初耳です! タツマキお姉ちゃんなにかご存知なんですか!?」
「なに急にテンションあげてるのようるさいのよ! ヒーロー協会のしょうもない依頼でこっちも色々あるのよ、色々!」
「え、ということは怪人……?」
「あんたはそんなこと気にしなくたっていいわ。ふん、一人残らず女の腐ったような奴ばっかり。結局私がやらなきゃダメなんじゃない」
「さすがタツマキお姉ちゃんです!」
「とっ」どもられました。「当然でしょ! あんたってホントバカね! 当たり前のこと一々口に出してるんじゃないわ、バカねっ!!」怒鳴られました。
「はあ。タツマキお姉ちゃん」
「なによっ」
「いつお帰りですか」
「……家なら私がふっとばしちゃったでしょう」
「家ではありません。私と、フブキお姉ちゃんの所へ、いつお帰りになられるのです」
「……」
「私待っています。でも、待っている時間が長いのです」
「フブキ、怒っているでしょう」
「フブキお姉ちゃんは怒りんぼうですから」
「そうね」
「でも本当は、怒った顔で心配なのを隠しているだけですよ」
「そうね。……あの子はそういう子よね」
「はい」
「おやすみコガラシ」
「おやすみなさいタツマキお姉ちゃん」





「犬の糞と暗い場所どっちがいい?」


 またとんでもない二択をつきつけながら、サイタマ先輩は涼しい顔です。


「脈略がなさすぎてついていけません。暗い場所がいいです」
「ついてこれなくてもとりあえず追いかけてくるのがコガラシの良いところだな」
「行くぞ」


文化祭を目前に控えていますが、今日も今日とて異能力及びヒーロー活動愛好会はヒーロー活動します。


[ / / ]

[ 海獣 ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -