※捏造ばりばり
ヒーローネームがあるように、協会職員にもサポートネームと呼ばれる仕事用の名前がある。役員方が会議の末に決めたヒーローネームのように仰々しいものではないが。
見目、性格、能力等から連想された、その人を表す第二の名前だ。
おいこらあだ名じゃんと言うな。身も蓋もない。
「先輩そろそろいいそうです」
「はーい」
つぶらに呼ばれてりんこが救われたように笑う。腕がぷるぷるしていた。
「はあー」と持っていたバケツを廊下に置いて、もう一度大きく吸って吐く。よいしょと気合いを入れ直して水がたっぷんたぷのバケツを両手にすぐそこにある地下二階女子トイレへ向かう。
「おーオタ子今度は何やった」
すれ違いざまの男性職員に声をかけられた。りんこが恥ずかしそうに、
「オレオレ詐欺に……」
「業務電話で?」
「脱獄したプリズナーさんが男子中学生に乱暴したなんてちょっとありそうですよね」
「それで示談金か……振り込んだの?」
「まさか。刑事告訴した方が本人のためだって言ったら二時間粘られて。マッコイ室長はくだらないことに時間をさくなと怒ってました」
「バケツ廊下か」
「10分ばかり」
めちゃくちゃ笑われた。
去りゆく背中へ「ところであなた誰ですか」と問えない。
胸の職員バッジに印字されたサポートネームのさらに略称で呼ばれたので知り合いの可能性がたかいのだけれど。
りんこ、サポートネームは通称「オタ子」。
○
りんこの職場、ヒーロー協会Z市支部第二オペレーション室である。
空中表示のZ市地図やら毎時更新されるヒーローランキングやらが下から顔面を照らす。鼻の穴までスポットされて怪談話のひとつでも始めそうな様子だが、勤務時間の真っ最中だ。
正面にあるのは壁一面を埋めるメインディスプレイだ。動作速度重視で空中表示はできない。室内が暗いせいでちょっとした映画館のように見える。上に予算をケチられて一世代前のエアレーザーフィールドディスプレイを導入されているので、暗くしないと業務が滞るのだ。なにもこれでトトロやゴジラを観ようという腹積もりなわけではない。
まあ低予算は本部も同じだ。みんなで仲良くガマンしよう。
最前列の三席中央、頭がアフロのヤツがいる。「天然パーマですよ!」と反論してくるかもしれない。とかくもっじゃもじゃだ。
サポートネームは『大仏』最近ソリティアの魅力に目覚めた人だ。
左端席。
こだわってます感ばりばりのイタリアスーツ、ヒゲはきちんとトリマーで揃えている。
サポートネームを『ダンディ』。ゲッツ! とかやると怒る。
「先輩、室長がお待ちです」
「了解」
『つぶら』は今年の春入った女の子だ。学生服を着せれば立派に高校生、ヘタすると中学生でも通用しそうな低身長と童顔を10センチヒールと口紅で底上げしている。
入社直前の研修で、りんこがスティンガーをオペレートしているのをたまたま見たのが運の尽きだ。あの日なぜマッコイ室長がいなかったのかとつぶらの元教育担当は嘆くがもう遅い。
彼女は周囲の誰に止められるのも聞かず、第二オペレーション室への配属を強く希望した。
今はちょっぴり後悔している。
平オペレーターの三席、そこから階段三段ばかりあがったところにボスがいる。
マッコイさんだ。
まずアゴが目に付く。ディスプレイに照らされてただでさえでかいアゴがさらに強調されて顔の半分くらいアゴに見える。アゴーニ協会会長との血縁関係はない。
メガネの下に眼帯をひっかけているのがとても目に付くがなんでどうしてそうなったのかは誰も知らない。まさか遅咲きの中二病だったらどうしよう。誰にも問えない。
そして頭、金色のタケノコが生えている。見事なにょっきりだがスティンガーとの血縁関係はない。
ノーコールサインのメインディスプレイをふんぞりかえって見やっている。事件は無し、平和。
手が組まれた執務机にでっかい箱がでんとある。
おやつのドーナッツ、お茶をお待ちだ。
コーヒーかなあ。
給湯室へ行くとつぶらちゃんが着いてきていた。
「いいよ? 私淹れるから」
「違います。りんこ先輩がコーヒー運ぶとマシンにこぼすんだもん」
反論できない。とほほ。
ドリップポッドをガス火にかけながら、ふと、
「マッコイ室長のサポーターネームなんだけどね」
「はあ」
「マッコイ室長以外にないなあって思った」
「なに当たり前のこと言ってるんです」
しゃくれアゴでおしゃれ眼帯で美容師の芸術性ほとばしる髪型。……特徴が多すぎてどこからつっこんだらいいかわからないんだもんなあ。
でも、さりげなく全員分のドーナッツを買ってくれているので嫌いじゃない。
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