■ 悪事のハンデ


 <彼>は顔が怖かった。

 つり目で四白眼で眉がいつも真ん中に寄っている程度の顔、どこにでも転がっている。が、しかし、ミリ単位の絶妙な塩梅でもって<彼>は小学一年生にして完成した強面だった。神様もくそ意地の悪いものである。

 蹴った小石が先を行く。河川敷の斜面上、アスファルト一本道を小石はあくまでまっすぐ進まない。ちっぽけな凹凸に進路を変えて明後日の方向へ逃げた軌跡について行く。

 前方一本道、大加速で回れ右をした自転車が一台あった。
 買い物帰りの主婦である。
 <彼>の顔を見て、逃げ出したのである。

 悲しい。
 たかだかランドセルをしょった子どもの、なにがそんなに恐いんだろう。
 機動隊や自衛隊が必要になる怪人ならまだしも。
 小学一年生のどこが。
 自分のなにが。
 今日もなにもしていないのにクラスの子に泣かれた。日によっては上級生すら泣かせる。
 なにもしていないのに。
 ……どうしろっていうんだ。

 鼻をすすって、プールバッグを抱えなおして、前を向く。こんなことでくじけちゃいけない。
 いつか俺は正義のヒーローになるんだ。
 警察か、自衛隊か、機動隊か。
 だから、泣いちゃだめだ。

 そうして泣くのをこらえる<彼>は眉間に力を入れているので、余計に厳めしい顔になるのだった。うまくいかないものだ。

 夏の日差しに背を伸ばす斜面の草むらに、風が吹いた。首を傾げるざっっそうの中に人の輪郭がある。
 誰かがうずくまっていた。

 どこかにあるスピーカーがひび割れたチャイムを鳴らし、定刻の防災放送が流れる。ぼけてるんじゃないかと思うくらい間延びしたおじいちゃんの声で、下校時間に、なりました、早く、帰りま、しょう、しょう、しょう……。
 夕暮れ染めの入道雲にエコーする。

 うずくまっている子はまだ動かない。

 小学一年生の<彼>よりも大きい。高学年に見える。
 ティーシャツがなんでだかすすけている。袖が焦げている。
 座り込んで草むらに埋もれている。なにかイヤなことでもあったのか、ぴったりした黒いズボンをはいた足に頭からつっぷして縮こまっている。
 髪の毛もぼさぼさで、頭のてっぺんで三角形のものがたまにぴこぴこ動いた。ゴミでもついているのかもしれない。

 <彼>は一瞬悩んだが、声をかけることに決めた。顔を見られて泣かれることよりも下校時間が過ぎて帰らないその子のことが心配だった。

「……おい」

 きれいさっぱりに無視された。さすがにむっとした。
 今度は強く、

「おい」

 ようやくこちらを向いた。べそかき寸前の顔が、弱っちく睨みつけてくる。どうしようもなく情けない八つ当たり顔は、なにもかも信用していない野良猫のようだった。
 またため息が出た。

「防災放そ、」

 それ以上はなにも言えなかった。
 <彼>と目があった途端、女の子はものすごく動揺した。
 ナップザックを手にして有無を言わさない速度で逃げ出した。
 その下、

「!?」

 なぜか、すっぽんぽんだった。
 なぜ、さっきまで黒いズボンを、いやそんなことはどうでもいい。

「おい、待ーー」

 てという必要もなかった。
 コケた。
 顔面から。
 下半身まっぱで。

「……」

 つっこんだ勢いでもうもうと立つ土埃を被さりながら、女の子はつっぷしたまま動かない。
 ……大丈夫かな。
 しくしく泣き始めた。
 大丈夫じゃないようだった。

 <彼>は駆け寄る。また怖がられるだろうけど、そんな格好で走る女の子のことをほうって置くわけにはいかないと思う。
 抱えたプールバッグの中には、ボタンをしめてテルテルボウズになれるタオルが入っている。日曜朝にやっているヒーローの柄だから嫌がるかもしれないけれど、お尻丸出しよりはましだから我慢して貰いたい。



 それが、出会い。
 りんことブルーファイアの出会い。



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