泣きはらして真っ赤に濁ったりんこの瞳の奥、火を放たれたように光が宿ったのは、正面から顔を向き合わせているブルーファイアだけに見えた。
 背中から見えるものか。


「どんな口説き文句だよ!?」


 サイタマじゃなくたって立ち上がって叫ぶだろう。

 横紙破りでぶちこわされて、りんことブルーファイアは思わぬ方から水を掛けられた猫の顔で振り向いた。
 茂みからにょっきりとサイタマが生えている。
 その隣に、這い蹲るイアイアンがいて、さらに後ろにはジェノスが体育座り。


「……あ、やべ」


 じゃねえ。
 停止した思考からいち早く抜け出したりんこは恥と照れと怒りのどれにも焦点の合わない悲鳴を上げて、


「サイタマさんなにしてくれてんの!?」
「だってこいつ隠れるんだもん」
「なっ」


 イアイアンはサイタマに指を指される。
 全責任を背負わされて、わりと素直に罪を認めた。


「すまない。出ていけずについ……」
「ついじゃないだろう!!」


 ブルーファイアは照れと怒りとで顔をすさまじい赤さにまで染めた。髪が逆立たん勢い。
 どーどーなだめるりんこだって、まあ似たような顔色だけれど。
 あほくせえ。
 そう思ったのはなにもサイタマだけではあるまい。


「帰るわ。シュークリームサンキュー」
「貴様っ、まだ話しは……!」
「あ、うん。歌舞伎揚げサンキュー」
「おう」


 怒り狂うブルーファイアはりんこに取り押さえられた。


「ジェノスほら、行くぞ」
「……」


 ジェノスは最後までりんこを見ない。
 怒りの矛先をイアイアンに移したブルーファイアをなだめる傍ら、サイタマの先を行くしょぼくれた機会仕掛けの背中へ、


「ジェノス!」


 りんこの声が追いかける。


「ありがとうね!」


 かたくななジェノスの背中に代わって、サイタマが「おう」と軽く手を振った。


「貴様がそんな卑劣漢とは思ってもいなかったぞイアイアン……!」


 取り残されたイアイアンの憂き目っぷりがひどい。威嚇バリバリのブルーファイアに詰め寄られてたじろいでいる。なまじ自分が悪いことをしたから反論もできないが、誤解とはいえりんこを心配して追ってきたのでそこを一切汲まれない怒り心頭ぶりがちょっぴり納得いかない。


「大体、なぜお前が当然のようにりんこの病室に」
「助けた一般人の経過を気に掛けるのがそんなにおかしいか」
「気に掛けるというのは話しを盗み聞きするということか!?」


 ぬぐっと言葉に詰まったイアイアンに、ブルーファイアがさらなる追撃をかけようとした。
 裾を引っ張られた。


「……どうした」
「イアイアンさん」


 服を握ったブルーファイアではなく、りんこはイアイアンに頭を下げる。


「お見舞い、来てくださってありがとうございました」


 りんこの唐突すぎる行動に今まで空気が悪かったブルーファイアとイアイアンが思わず顔を見合わせた。
 りんこはおかまいなしで続ける。


「入院って寂しいので、お話相手がいてくれてよかったです」
「いや、大したことではない」
「いただいたお菓子、おいしかったです」
「そうか」
「あと本とか花とか、大事にしますね」
「、ああ」
「助けてくれてありがとうございます」
「……当たり前のことだ」


 ぎすぎすした空気はどこに飛んだのか。
 あほらしいほど朗らかなりんこの笑顔を見て、裾を引かれて待てをされたブルーファイアまで軽く頭を下げた。


「りんこが世話になった」


 もたげる疑問。


「二人はどういう関係なんだ?」
「お隣さん」
「幼なじみだ」


 ノータイムの返答。
 苦笑した。
 んなわけあるか。







 ケツにでっかいしもやけができただけとくれば職場復帰も人並み以上だ。


「退院おめでとうございます。先輩って丈夫ですね」


 つぶらの一言にりんこが笑って頭をかいた。


「りんこ」
「はい!」
「誉められてない」
「え」
「退院おめでとう」


 指摘するダンディは優しいのか否か。まあ大仏よりはましだろう、やつめソリティアに熱中していてりんこの出勤におそらく気づいてさえいまい。

 マッコイはでっかい割れアゴでりんこのしょぼいデスクを指した。もっさりたまった報告書の紙の束やらデータディスクやら、


「仕事がたまってるぞ」
「はい!」


 退院祝いとおぼしき、ケーキの箱やら。
 さっそくヒーローの活動記録をデータベース化するべくデスクへ座ったりんこにマッコイがまたでっかいアゴで、


「それじゃない」
「はい?」
「最初にやる仕事は決まっている」


 まったくわからず呆けた顔のりんこに、協会契約の電話を差し出す。







 退院しました報告の電話を午前にかけて、夕方行きますとの返事をもらった。

 気もそぞろで階段で転んだり扉にぶつかったりしたけれど、いつものことなので誰も気にしない。
 怪人通報は一件。サポートの必要もなくサクッと片づけられていた。

 受付から到着連絡がかかってきたとき、りんこは動揺のあまりケシゴムをコーヒーに落とした。おじゃん。
 右手と右足一緒に出してロビーへ向かう。


「……先輩、なんであんなに緊張してるんですか? 助けた小学生がお礼言いに来るってだけなのに」


 つぶらの疑問に画面から目も上げず、大仏が答える。


「わかるわけないだろ、あいつの頭の中なんて」


 すげー納得した。







「……」
「……」


 こういう場合、大体は大人から声をかけるものじゃないだろうか。
 だというのにりんこは少年を前に黙りこくっている。ロビーのソファーで待っていた少年の隣に並んで腰をおろして、以後言葉を選びすぎて黙りを決め込んでいる。
 しょうのない大人もいたものだ。
 少年だって緊張しているのに。なにを話せばいいのかなんてわかりやしないというのに。
 しょうのない。


「……と」


 りんこが訝しげな顔をする。
 照れくさそうに鼻をかいて、少年は、


「とだよ。とが頭につく、食べ物」


 置いてけぼりにされたような真顔で少年を見つめて、そのくせ頭からひり出した答えは、


「トムヤムクン! うわ」


 またも、ん。
 しかし返球があった。


「んが」
「……んが?」
「方言で、氷って意味」


 すげえチョイスだなおい。


「元気だった?」
「うん、元気だった。ありがとね。お姉さんはもう大丈夫なの?」
「うん! 元気だったよ」
「んなわけないじゃん……」


 子ども相手にアホ全開で話しをするりんこの姿に、同じ課でもない職員がふと目を留めては歩き去っていく。
 ああ、あの子が戻ってきたか。
 そういう顔で。



□ 健全に包容



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