一週間ぶりだ。
平素であればそれこそ子犬のようにはしゃぐ。会えない間なにをしていただのどこへ行っただののマシンガントークにはじまりどこへ行くにも着いてくるしその時の笑顔といったら輝やかしいにもほどがある。うれしょんしないのが奇跡的だ。
そのりんこが黙りこくっているのだ。ブルーファイアの気遣わしげな視線にだって気づいてはいるまい。深刻な顔で何かを一生懸命考えている。
入院パジャマの首根っこをひっつかまれて連れ去られるさまは、本当に子犬がくわえ運ばれるような無抵抗っぷりだった。
「おいこらあんた患者をどこに連れてくつもりだ!?」
さっきから数回はかけられたのと同じ制止に、
「大丈夫です……」
答えるりんこの力なさがよりいっそう見る者の不安を引き立たす。だいじょばなさそうだ。とても。
とはいえ、誰もがブルーファイアとまともに合わせれば黙ってしまう。いや、本当に怒ってないし悪いことも考えていないのだけれど。誰か信じてやってはくれないか。
めちゃくちゃな気候の変化に破れた芝生やヒマワリや広葉樹の中で、突発的な真冬をものともせずに松の木だけが青々している。蝉だってがんばってる。
りんこは中庭のベンチへおろされた。
うつむいて黙りこくっている。
平時であればこういうとき先に口を開くのはりんこと相場が決まっている。のに、顔面蒼白。
握った拳が震えている。
「……」
隣に腰をおろして腕を組んで、ブルーファイアは内心狼狽していた。
りんこがこうも怯える理由はわかっている。
わかっているからこそ困惑した。
「……」
沈黙に耐えかねて立ち上がる。
りんこがものすごい勢いで顔を上げた。
泣きそうな顔をしている。
「飲み物でも買ってくる」
戦略的休戦を決め込もうとして、
「……どうした」
動けない。
りんこが裾を思いっきり握りしめていた。はくはくと口を動かしているが、なかなか言葉が出てこない。
「落ち着け。ちゃんと聞く」
頷く。小さく深呼吸までして、ようやく出た言葉はかわいそうなほど震えている。
「もどっ」
「もど?」
「もどってきて、くれる?」
「は?」
意が掴めなかった。
戻ってくる?
俺はただ、飲み物を買ってくると言っただけじゃないか。
なぜ、そんなに泣きそうな顔で手をふるわせているのか全くわからない。
「当然だ」
どこか納得していない色が濃い。それでもブルーファイアの言葉を丸飲みにして、りんこは裾を離した。アイロン必須間違いなしの深いしわがついている。
どれだけの力を込めていたのだろう。
嘆息をどう解釈したのかビクッとするりんこの姿を見て、ブルーファイアは上げたばかりの腰を同じ位置に置いた。太陽がよく焼いたベンチは布越しにも暑い。
「りんこ」
また顔を下にする。乱れた髪が表情を隠す。
ためらいはあった。異性に触れるというだけでも気恥ずかしいわけで、その相手がりんこともなれば尚のことだ。
恥ずかしいのなんのと言っている場合か。
手を伸ばす。指が触れる寸前、一瞬止まってりんこを見た。
避けられたりはしなかった。ちょいと前髪を揺らしたのは最後通告だ。触るぞ。
りんこから動いた。
中空で尻込みしていたブルーファイアの手のひらに、自分から頭を押しつけた。目を剥いて顔面瞬間沸騰させてひとたまりもなくビビったブルーファイアに、一度だけぐり、と擦り寄る。催促する。
ぎこちなく頭を撫でるブルーファイアの手の下で、ついにりんこが決壊した。よじくれた泣き声をひきつらせてぐしゃっぐしゃに顔をゆがませて。
子どもだってなかなかこうはならない豪快な泣きっぷり。
「ごめんなざい……」
怪人に変身しなくてごめんなさい、の意だとは、ブルーファイアにもわかっていた。