「それにしてもすごいですね」
「んあ?」
りんこへの見舞いをむさぼっていたサイタマが、どうにも間の抜けた疑問符を返す。
「ヒーロー密度」
「……あーなるほど。B級いたらフルコンプだったな」
「ちょっと前に来てくれたんですけどね。惜しいなあ」
初耳だ。受け取ったはいいがまだパッケージを開ける気にもなれない歌舞伎揚げを所在なく手にのっけていたイアイアンは少し驚く。
「誰が来てたんだ?」
「イアイアンさん知ってるかなあ……フブキ組の、ヒーローネームのまだついてない人で、めがねかけた」
「……すまない。知らない」
しかし、
「随分人脈が広くはないか?」
「そうですか?」
「……少なくとも、幹部でもないのにS級ヒーローが見舞いにくるような協会職員を俺は知らないな」
「いらんことしいでお節介で首を突っ込みたがるからだ。大人しくふつうに仕事をしてればいいものを」
「うん」
りんこに反駁はないらしい。
が、イアイアンにはあるらしい。
「随分な口のきき方じゃないか」
ジェノスは無視をした。
「中途半端に手なんか出すな」
「うん」
「一般人なら、うろうろするな」
「うん」
「大したことができるわけでもないくせに」
「そうだよね」
「覚悟ができないならなにもしない方がましだろう」
「うん。わかってるけど」
「けどじゃない」
「うん」
安すぎるりんこの同調にイアイアンがついに耐えきれなくなった。
「そんなことないだろう!?」
とがめるように叫んだ。うるさそうな顔をするサイボーグを睨めつける。ジェノスの指す悪辣な言葉の意図はイアイアンには当然理解できない。単純にりんこに難癖をつけているだけとしか思えない。反抗期だなんて言い訳を隠れみのにさせてたまるものか。
こともあろうにりんこ本人にりんこの行動を否定されることが我慢ならない。
そうさせたサイボーグにすべての矛先は向いた。
「機械の体は体温も忘れるのか? 遭難しかかったも同然の状況で、手がかじかむなんて生ぬるいような気温で、そんななかで子どもを助けるために自分の服をすべて与えたんだ。お前にりんこさんの行動のどこを責められるんだ!」
ジェノスはほっぺたでも打たれたような顔をしている。
なんだ、それは。
そんな顔をするくらいならば、りんこさんになんであんなことを言った。
「あの……イアイアンさん」
そでを引くようなりんこの声かけに激情がなだめられた。
「ジェノスは意地悪とかで言っていたわけではなくて、むしろ……うーん。違うんですよ」
「なにが違うんだ」
怒りはあらかたしぼんで、それでもイアイアンの表情にはやるかたない憤懣が滞っている。
まるきりすねたような顔をするジェノスをりんこがちらりと見やって、
「ジェノスはわかってるんです。ちゃんと。あの、イアイアンさん、私はそんな立派なことはしてないんです、本当は」
なにを。
イアイアンはひとたまりもなく動揺する。りんこの言わんとしていることが理解できない。罪の告白でもするように少し顔をうつむけて、イアイアンと目を合わせようともしない。肩を縮こませて、まるで萎縮しているような。
言葉のニュアンスからも謙遜じみたものは見受けられない。むしろどこか自己嫌悪でも根っこにこびりついたような。
そんなことは、
「そんなことはない。今回だってりんこさんがいなければあの少年の方が危なかったかもしれないんだぞ。君がやらなければ一人の命が失われていたんだ。命を張って一人救った。君の手でだ」
「それは……あーそうなんですけどそうじゃなくて」
「今回は結果的にそうだが一般人が勝手をするとこっちの危険が増すだろう。りんこは大人しく避難すればよかったんだ」
「もっと自分の勇気に誇りを持っていい。りんこさん、君は、君にできる精一杯の行動で一人の命を救ったんだ」
「そうなんですけど、でも私は、本当は」
「りんこ!」
ジェノスの一喝でりんこは肩を思い切り跳ねさせた。その一声にはっとしたように言葉を飲み込んでしまう。
イアイアンの目にはそれが、いじめっこといじめられっこのやりとりのように写る。
「……俺は今、りんこさんと話をしているんだ」
黒い白目にぽっかり浮かんだ金色は、生身と同じ正直さで怒りを映していた。
「なにも知らないくせに」
はたき落とすように突き放した。
もはや一触即発だ。
りんこを挟み撃ちにサイボーグと西洋甲冑がむっつと黙りこくって火花を散らす。りんこは二人をおろおろと見てサイタマを見て「どうにかしてくれ」という顔をした。サイタマだって困る。
集団病室なのに誰も一言もなにも喋らない。おもしろ修羅場を聞き逃す前と息さえ殺して聞き入る気配がそこいら中に蔓延している。
めちゃくちゃに静かだった。
だから、ベッドからかなり離れた位置の廊下で子供が泣き出したのが聞こえた。