同室のおばちゃんたちにもみくちゃにされるのはいつものことだ。質問責めだってそうだ。どういう関係なのか問われて恋愛関係を疑われ否定をすればで「若いって良いわね」「ほら若い子のじゃまをしちゃだめよ」などと訳知り顔で背中を押されて互いにぐったりとしながら、
「……ごめん」
なぜかりんこが謝る。
ここまでが恒例になっていた。
見舞いの品を紙袋ごと渡せばりんこはあっさり喜んだ。枕元に置かれたぬいぐるみが三体目だろうがまだ封をあけていない見舞いの菓子がサイドチェストに置かれていようが、心から一点のくもりもゆがみもなくりんこは喜ぶ。
子どもか。
もはや慣れたもので、馴染みの顔でパイプいすを立てて座るイアイアンに、
「イアイアンさん」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「……いや」
絵に描いたような善良市民だ。
怪人じゃないかと疑った自分を恥じた。彼女がいったいどうやって悪さを働くというのか。見も知らぬ子どもを助けようと自分を犠牲にして、死の際ぎりぎりまで下着一丁で耐えていたのだ。
庇護欲かき立てられて仕方がない。
「寒くはないか」
「夏ですから」
「まあ、な」
「あ、なにか食べますか? 貰い物ですけど色々ありますよプリンとか。そうだ生ケーキが……」ハタと、「あ。甘いもの、だめですか」
「そうだな。あまり得意ではない」
「そうですか。こういう時あの子がいれば……」
「あの子?」
「弟分です。かわいいんですよ、甘い物が好きで」
「へえ」
りんこの口振りはいかにも誇らしげで、よほどその弟分がかわいくてしかたがないと見える。
りんこの自慢にイアイアンが思い描いたのはりんこが助けたくらいの少年で、甘い物が好きとあって棒キャンディーをくわえている。……あ、これだと童帝だな。まあこんなかんじの子だろう。
廊下から悲鳴が聞こえた。喜色満面まっ黄色な悲鳴だ。
なんだというのか。
「あ、もしかしたらあの子かも」
「え?」
そのもしかだ。
アコーディオンカーテンの隙間から機械仕掛けの指先が差し込まれた。
「おいりんこ邪魔するぞ」
返事など聞く気のない早さだ。ジャッとカーテンを開いてずかずか入ってきた全身サイボーグ化した金髪の青年は、イアイアンだって見覚えのある奴だった。
「S級新人!?」
「イアイアンさん、ジェノスです」
りんこに紹介されるまでもなく知っていた。デビューしょっぱなからS級認定の大型ルーキーのサイボーグヒーローを、ヒーロー協会のオペレーターであるりんこがどうまかり間違って「あの子」と指すに至ったのか皆目検討がつかない。
黒い白目がぐりんと回る。誰だこいつとわかりやすく書いた顔にへの字の口、その背中から、
「おっすりんこ」
今度は見覚えのない禿頭が顔を出した。
「サイタマさん! ありがとー来てくれたんだ」
「別に見舞いにきたわけじゃない。健康診断のついでにたまたま寄っただけだ」
「サイボーグに健康診断?」
ごくまっとうな疑問を口にしたイアイアンは右腕をくいと引かれて振り返る。唇に立てた人差し指をそっとつけたりんこの、ほがらかな笑み。
……なるほど。
かわいい弟分。
体育会系で身を立ててきたイアイアンとしては許し難い生意気さではある。が、彼らには彼らなりの関係があるのだ。口出しも野暮だろう。
「ほれ見舞い」
「わーすみません。あ、ジャンプの今週号だ!」
「あと歌舞伎揚げ」
「うれしい。ありがとう」
なぜだろう。イアイアンの胸中に雑然とした不満がもやがかる。きちんとした店で選んだイアイアンの手みやげと、どう見てもコンビニで調達した禿の見舞い品だ。同レベルで喜ばれている気がする。
別にいいんだが。
……いいはずなんだが。
腑に落ちない。
「で、あんた誰だ」
「……イアイアン、ヒーローだ」
「へー! 俺もヒーロー。サイタマ」
見たことが無い。
「あ、イアイアンさんサイタマさんはつい先日デビューしたてのヒーローなんですけど、Z市に落ちた隕石を破壊したすごい人なんですよ!」
「……そうか」
これまた誇らしげにサイタマを紹介するりんこに、もやつきはどんどん濃さをまして今や霧のごとく厚い。イアイアンの頭にあるZ市隕石事件の情報といえば、S級三名の決死の活動がC級ヒーローの介入によって複雑になったらしいといったものだ。輝かしい功績とは思えない。
しかしりんこは「どうだすごいだろう」と言わんばかりの口振りだった。
……だまされやすいタイプなんじゃないだろうか。
見舞いにもらったという生ケーキをのこのこやってきた二人に振る舞うりんこのことをイアイアンがものすごく心配している。一同介したほかの三人は、そのことに全く気づいていないけれど。
守ってやらなきゃいけない気がする。
「あ、イアイアンさん歌舞伎揚げどうですか?」
「あ、ああ」
「なんかお前ばーちゃんみたいだな」
「!?」
「あれ食えこれ食えって」
はははと笑うサイタマにりんこが静かに衝撃を受けている。
守ってやらなければいけない。そう確信する。