目撃者によればイアイアンはクッキーの缶となにやら小さめのぬいぐるみを持って歩いていたらしい。
ならばりんこの見舞いだろう。
そこかしこで蝉が鳴く。でっかい水たまりやらでっかい氷塊やらぎっらぎらの太陽が反射して、とんでもない日焼けの予感。
諸悪の根元はでっかいでっかい雪だるまにある。真夏を真冬に反転させたはた迷惑な怪人の名を「夏期凍り」と言った。大きな家ほどの頭と小さなビルほどの体をアトミック侍に一刀両断でぶったぎられて転がされ、Z市平和通りの二車線を思いっきりとおせんぼしている。
死んでもやっぱり迷惑な怪人だった。
公共交通機関の回復の目処はまだ立っていない。
日焼け止めに長袖に帽子に帽子を覆うでっかいスカーフにサングラス、オカマイタチは容赦ない日焼け対策の出で立ちだ。ついでに足下がレインブーツ。あまりのなりふりかまわなさに農作業着一歩手前なのは気にならないのだろうか。
抜刀。
日焼け止めに長袖帽子にスカーフだろうとゴム長靴だろうとオカマイタチの強さには別に関係がない。上から下へ水が流れるような淀みない速度で振り下ろされる刀をまずは袈裟切り、振り切ってから手首を返して横なぎにして上下左右適度に刃の軌跡を刻んでいく。
もういいだろう。
透明に塗れた刀身で素早く空を切って水気をとばして鞘へ戻す。
一見すればなにも変化のないでっかい氷がまるですべって転んだように傾いだ。ひっかかり一つないまっさらな断面を残して、クマのようにでかい氷塊が立体パズルのピースになって崩れ落ちる。
純度が高くて透明だった氷が、アスファルトにたたきつけられて白く細かく飛散した。道端へとはけさせておけば、あとはお天道様がなんとでもしてくれるだろう。
最後の一つだった。
ため息。
「おうカマそっち終わったか」
「ドリルも? イアイは?」
一応聞いてみる。
「とっくに」
でしょうね。
「今はあそこだよ、病院」
「……ねえクッキーとぬいぐるみ持ってったって聞いたけど」
「ああ」
「あの子ってもう良い大人よね」
わざわざ確認をとる必要さえない。ヒーロー協会の制服を使ったことも聞いている。オペレーターとして良くも悪くも逸話を残すあの子だ。二十も中頃だろうし間違っても短期入院にぬいぐるみが必要な年齢でじゃない。
沈黙は蝉が埋める。じーわじわじわ。
「……喜ぶ方も悪い」
「そうね。ねえドリル、もし私が入院したら、どうする? お見舞い何持持ってく?」
「いつも通り過ごす」
「それで私がいないとだめな自分に気づいてしまうのね」
「切って良いか?」
どこからかヒグラシが聞こえる。ツッコミがないといつも通りの軽口がどうにもしまらない。
夏休みだって中だるみの頃合いで本来ならばまだアブラ蝉の季節であって、そもそも都会とも田舎ともつかない中途半端な発展をしているZ市にはヒグラシの声などそう聞けたものではないというのに。なにを勘違いしているのか。
まったく。
なにを勘違いしているのか。
クッキーにぬいぐるみだと。
下着姿まで見ておいて、今さら子ども扱いなんて。
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