クセーノ博士、お許しください。
誰が見ているでもないのに正座をして、誰にともなく言い訳をして、今時折り畳みの携帯電話のボタンをかちかち打ち込んで、ジェノスはまだ迷っている。睨みつけているガラパゴスなケータイには、本文みっちりつまったメール作成画面。
それでは問題。
次の文章を読んで、作者の意図を答えよ。
『件名:クセーノ博士が心配している
本文:お前ぜんぜん連絡を入れてなかったそうじゃないか。様子を見てきて欲しいと博士が頼んできたぞ。面倒だし迷惑極まりないが話くらい聞いてやらないこともない。暇な日時を言え』
さあこれはなんだと思う。
早いが模範解答を言ってしまおう。デートのお誘いだ。
ウソじゃない。19歳のサイボーグの純情とツンデレが組み合わさった結果がこれだ。どうしてこんなになるまで放っておいたのか。
当の作者であるジェノスも首を傾げている。なんだこの文章は。挑発のクリアランスセールか。
やはり削除して、一から考え直そう。
ところで。
ガラケーのボタンというのは、あえて押し間違いを誘発する設計にしてはいまいか。
「おいジェノス?」
「……はい、先生」
買い物袋をぶら下げたままサイタマは苦い顔を返す。が、連れしょんぐらいの軽いノリで「一緒に登録してくれたら弟子にしてやるから!」と言ってしまったのでもうどうあがいても先生なのである。諦めろ。諦めた。
廊下にうずくまる弟子を見下ろして、まだ土足も脱げないままで、
「そこに四つん這いになられてるとすっごいじゃまなんだけど」
「申し訳ありません……」
ジェノスがうずくまったまま壁に寄って、人一人通れるスペースを開いた。
が、しかし、もう問題はそういう所ではなかった。
サイボーグの四肢には生活キズ一つも見あたらないと言うのに、満身創痍の動きで立ち上がろうとしては力が入らずくずおれて、
「俺は、俺は謝りに行かないと……でも、会ったらまた、変なことを言って……」
絶対にりんこ関連だ。
もうサイタマにもわかる。
これって何かあったのかって聞かなきゃいけないパターンの奴だよな。
……めんっどくせえ。
……が気になるものは気になるのだ。仕方がない。
片足の靴をもう片方の靴でを踏んづけてブーツを脱ぎ捨てて、買い物を上がり框に置く。
未だ瀕死で廊下に倒れ込んでいるサイボーグの前にどっこいしょとかがみ込んで、
「おいジェノス、なにが」
そこから先はケータイの着信音に遮られた。
フローリングに転がしていたケータイを、焼却砲をマウントするより素早い動きでつかみ開き来たばかりのメールを開いて、
ジェノスが吠えた。
壁がびりびりするほどのホウコウだった。
また掛け時計が落ちた。
耳に指つっこんで涼しい顔でやり過ごして、サイタマは、
「で?」
「すみませんお見苦しい所を……」
「いやいいから。それで?」
「明日の昼、ちょっと空けさせて頂きます」
「うん別にいいけど」
「ですがやはり弟子入りしたばかりだというのにいきなり修行を休むなど」
「だからいいって! りんこだろなんて送ってどう返信来たのか説明しろ! あ、二十文字じゃなくていいけど簡潔にな!」
なぜそんなびっくりした顔をしているのか。
いや言わなくてもいい。見ればわかる。「なんで言ってもないのにりんこさんのことだとわかったんですかやっぱり先生はさすがだ凄い!」である。
ジェノスは、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが、バカかもしれない。
ジェノスはおろおろと所在なく手を動かす。飽和した喜びが頭からはみ出して言葉になった。それから、いいと言われたにも関わらずわざわざ指折りして二十文字いないであることを確認して、
「挑発しましたが、デートします!」
「はあ!?」
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