「やっ」
「や、」
「やったぜー!!」
「やったやった! スティンガーさんおめでとうございますスティンガーさん!」
スティンガーは荒くなる息を肩で殺して、緊張で高まる鼓動を納めようと深呼吸を一つ、尻に手を回す。
ようやく取れた。
ポケットから出したスマートフォンをスピーカーから通常通話モードへ切り替えて、むずがゆい鼻の下を指の背で一擦り。
「サンキューな、りんこ」
「こちらこそ。ありがとうございますスティンガーさん」
なにがこちらこそだ。
礼なんかいくら言っても言い足りないのはわかりきっていて、ならば感謝を別の方向から伝えるしかなくて、
「そのなんだ、今度食事でも行こうぜ」
「? いえ、結構です」
ん?
「なんだよ遠慮なんか要らねえって」
「……ええと、仕事とプライベートは別ですから」
は?
「今回の戦闘、協会本部への報告はこちらで行います。すぐに救急車が到着するはずですよ、見たところ切られているのは表皮だけのようですがお大事に。ゆっくり体休めてください」
「おいちょっ、えっと」
通信切断直前、どうにか縁をたぐりよせようとしたスティンガーが放った一手は、
「待て! お前が好きだ、りんこ!!」
悪手だった。
ノータイムで返事が来た。
「えっ、すみません」
にべもない。
受話器の向こうでりんこじゃない若い女が感嘆の悲鳴をあげてなんでですか! と叫ぶ。
俺も聞きたい。
なんでだよ!
「あ、おつかれさまですそれでは」
「まっ、ちょっ、おいこら!!」
切られた。いともあっさりと。
通話終了を音で伝える電話を握りしめて、スティンガーはがっくり肩を落とす。
キノコに吐き出された男性が酔っぱらいのように元気にうめき、まだ遠くサイレンがうすぼんやり聞こえてくる。
がたぴし文句がましい音を立てて防災シャッターが上がっていく。
シャッターを妨害したキャンペーンコーナーでは大量のチョコビスケット菓子が二種類積み上げられ、大型POPが立っていた。
怪獣の肉片が降り注ぎもう見る影もないが、かつてはここでもタケノコとキノコが争っていたのだ。
なんにせよこちらもタケノコの勝利には違いない。
教育担当が戻ってくる頃になって尚、第2オペレーション室ではつぶらが小一時間前の戦闘を思い返して呆然としている。
お迎えに連れ出されて廊下に出て階段を上りながら、オタ子ことオペレーションタクティクスコマンダーこと作戦戦略兵なんてネーミングセンスのかけらもないあだ名で呼ばれた先輩職員を思い返す新人に、
「やっぱり大変だったわ、Y市で怪獣大量出現よ。でももう大丈夫。第1にもちょっとだけ余裕ができたし見学行きましょうか」
「いいです」
「は?」
「私、第2オペレーション室配属希望します」
「えっ何言ってるの!?」
「それでヒーローからの告白、すっぱりお断りするのが目標です」
「まじで何言ってるの!?」
決して怒っているわけではない。
熱した油のはじける音に負けじと、ブルーファイアは声を張って返事をした。険しい顔は元々だ。あるいは熱気からだ。
「パンダ? 笹も竹もタケノコも食べると聞くが、それがどうしたんだ!?」
「いや、ううん。気になっただけ」
せっかく武器変えたのになー。まだパンダ協会がなにか言ってきたらスティンガーさんかわいそう。
テレビの前、床に座り込んでりんこは思い切り鼻で息を吸った。いい匂いだ。
夕方ニュースで女キャスターが新しい話題に入った。
「本日正午、Y市上空が真っ黒に染まりました。原因となったのははこちらの怪獣です。ヒーロー協会S級2位タツマキが、超能力によりこれを撃破しました。シイタケによく似た怪獣ですが集団による飛行移動が可能で性質は肉食、内部からはここ数日間で失踪していた人々が収まっていました。現在は全員病院へ搬送されており命に別状はありません」
「怪獣だったね」
「そうだな。箸と皿、運んでくれ」
いつものしょぼっちい折りたたみ机を片付けて、クッションのぺしゃんこさえ名残惜しくりんこが立ち上がる。
最大火力のガス火を浴びて、ブルーファイアは汗を滴る汗をぬぐう暇もなく紹興酒をふるった。再び振るわれた鍋でアルコールが引火して、ドラゴンのくしゃみのような炎が上がる。もちろんへっちゃらだ。家庭用の火などものの数ではない。
でっかい中華なべを軽々振るって赤い色の炒め物が湯気と煙と共に宙を舞う。多分辛い。
「同様の怪獣はY市周辺地域各所にて出現しましたがすべてヒーローによって討伐され、市民にけが人は居ません。なお今回の活動でA級ヒーロースティンガーは12位から11位にアップしました」
「キノコだけに1アップ……」
「は?」
「なんでもない。お腹すいた」
「ん、ごはんよそってくれ。飯にしよう」
いつぞやかにパンのキャンペーンで貰った真白いお皿に移された炒め物の中ではしいたけとタケノコは、ほかの具と一緒に仲良く湯気を立ててチリソースの中にいる。