火事場の馬鹿力だったのかもしれない。

 コンクリートが落っこちていく轟音は三度響き、細かな破片がぱらぱらと後を追った。


「……落ちた」
「落ちましたね」


 一本エノキを駄々っ子よろしく振り回していたシイタケはもう三階にいない。当のシイタケをして、そのパワーアップがコントロールできていないことは明白だった。
 後に残ったのはすっぱり切り裂かれたまん丸い穴だけだ。


「死んだか?」

 確認には少しだけ時間がかかった。

「――いえ、残念ながらぴんぴんしてます……防災シャッター下ろして脱走を防ぎます。下へ降りるのは危険です。待機してください」
「んなっ! せっかくここまで追いつめたんだぜ!?」
「追いつめられたのはこちらも同じ、ていうかむしろスティンガーさんに分が悪いってば! その竹竿でどう戦うつもりですか!?」


 それは――その……。

 接ぎ穂が尽きてた。右手に残った洗濯竿にも短い猛槍を見て、スティンガーの重いため息。
 散乱した商品のパッケージを足裏でどかして、どっかりあぐらをかいた。四方八方のシャッターが、がっちゃがっちゃけたたましく騒ぎながら降りてくる。
 情けない。
 打つ手がなかった。


「わかった」
「……ああーでもヒーローに召集か……ううん……」

 なにがそんなにひっかかるのか、スティンガーが問いただす間もないまま、

「とりあえず全階の閉鎖が――」


 不自然にせりふが途切れた。電波障害かと思う。


「おい?」
「できない」
「は?」
「1階、ああっそういうことか! シャッター線上に障害物があります。プロモーション棚が噛んでるんです。ああもう! 防災規定違反だ訴える!」
「つまり?」
「このままだと……あの人食いキノコは町に、」
「止める」
「でも!」


 棒っきれ一本。
 たったそれだけの攻撃手段を振り回して手になじませる。どこから見ているのかわからないりんこへ向け、スティンガーが浮かべるの表情はかなり強がりの比重が重い笑顔だった。


「りんこが手を貸してくれるんだろ。サポート期待してるぜ」


 事の成り行きを見守っていた女児に振り返る。
 ほっぺたを涙と飛んできたほこりでべたべたに汚した不安げな子どもに、やっぱり強がりまんまんの決め顔を向けて、


「大丈夫だから待ってろよ」


 下を見ると覚悟が鈍りそうな、切ったと言うより叩いて割っただけの粗雑な吹き抜けだった。
 シイタケの作った抜け道からジャンプ一発、3階から直通で1階まで落下する。


「うりゃっ!!」


 ふるった猛槍でがれきをはじきどかして、10.0の着地。ちょっとだけ足がしびれたのは内緒だ。
 イカしたやせ我慢で油断なく周囲を見回して、


「りんこ、奴はどこだ?」


 返事がない。


「えっ、おいりんこ? おい……おい!」
「失礼しました! ちょっと別の所に通信をかけてて」
「うおいっ!!」


 ことのほか声を荒げたのは胸の内に沸いた不安をごまかすためもあったし、その根元がりんこのオペレートを無意識にすがっていたに自分を恥じたからでもあった。

 降ってきた3階の床と2階の天井が散らかっているスティンガーの現在地をのぞけば、1階食料品売り場はかなり整然として見えた。旬の野菜が山と盛られている。ご自由にお持ち帰り下さいのプリント、炊き込みご飯の作り方がリングに束ねられてひらひらしていた。

 青果の陳列棚から降っていたミストシャワーが止んだ。多分りんこがなにかしたのだろう。


「もしもしスティンガーさん。今、シャッターが降りていないのはあなたのいるお野菜売場からみて背中、北口駐輪場方面出口です。お菓子売場があるところです」
「で、シイタケは?」
「……すみません、どこに隠れているのか安全カメラからは確認できてないです」
「なありんこさ、さっきから色んなもの動かしてるじゃん。なんかそれで攻撃できねえの? なんかあるだろ」
「……そうですね、火災用スプリンクラーをフロア中にぶちまけて適当な場所で電圧異常を起こさせて電撃ばりばちにするという方法がなくもないですが、」
「それだ!」
「スティンガーさん一緒に丸焦げになるかも」
「却下な」
「もちろん」


 沈墜の構えで槍を突きだし、耳と目で索敵。まさかビニールパッキングされたシイタケの山に混じってるなんて事もあるまい。


「スティンガーさんとりあえずシャッター閉鎖しに行きましょう」
「りょーかい」


 あの角を曲がるところでシイタケが待ちかまえているかもしれない。
 ラックの下から触手が這い寄って来ているかもしれない。
 いや、横から来るかもしれない。背中をひっつけている野菜ケースの、行儀よく収まったズッキーニがまっぷたつにされてその次は俺の腹が、
 くそっ。ホラー映画じゃねえんだぞ!
 左右上下見回して、気を抜ける時間など一秒たりともなく、スティンガーは後ずさるように移動する。


「菓子売場、だよな」
「ええ。そこの防災シャッターさえ下ろせれば逃げられません」


 そろそろシイタケにも色々と甲斐性があることは疑う余地もないだろう。
 シイタケだって聞き耳を立てるのだ。


「! 来ます! 背中!!」
「っおう!!」


 床を転げて避けた。
 伸縮音を伴ってえのきがスティンガーの背中を捕らえようと高速で駆け抜ける。
 スティンガーの向かっていた方向とは逆方面に身を潜めていたらしい。シイタケが「もう許さん」と言いたげな顔つきでこちらを見ている。


「もうちょっと待ってくださいね……」
「なにを?」
「失礼こちらの話です」
「おいこら誰と話してるんだよ!」
「まあまあ」


 まあまあじゃねえ!

 りんこがわけの分からないことを言う間にもシイタケはじりじり距離を詰めてきている。
 せめて武器がほしい。
 新しい刃が、

 シイタケが瓦礫を踏んだ。


「今!」
「だから何が!!」


 スティンガーに集中していたシイタケは、真上から来る攻撃を食らうまで気づかなかった。
 半球状の茶色に降りかかった、雪のような白。



「やったあ直撃ビンゴ!! どうです苦しんでますか!?」

 まさしく。
 でたらめに繰り出される鞭の刃とそれにはじかれて飛び掛ってくる野菜及び果物を後ろへ飛び退き避けながら、スティンガーはそれでも目標から目を離さない。
 降りかかった泡がよほど気に障るのか、シイタケは狂乱に陥っていた。じたばたの大暴れで青果コーナーは半壊だ。


「なんだあれ!?」
「カビ取り洗剤。見た目キノコに似てるからってまさかいけるなんて! やーいカビカビーバイキンー!」

 こいつまたわけのわからん操作でわけのわからないことをしてくれたのか!

「っつかなんでんな設備あるんだよ!?」
「ありません!」

 カビ取り泡を降らせた上から、今度は声が降ってきた。
 手持ちの携帯電話からつながるヒーロー協会Z市支部第2オペレーション室と、2階下で命をはるつんつん頭に向けて大きな声で、

「お、お姉さんできたよ! やれた! 私も戦えた!! スティンガーのおにさーん! おとうさんを! 助けてー!!」
「へっへっへ! 3階に生活用品コーナーがあってそこには無傷の女の子が残っていたのがあのシイタケの運のツキでした! さあ最後のツキもここで果てますよ。スティンガーさんやっちゃってください!」


 だからやれとか行けとか簡単に……!

 カビ取り洗剤がシイタケにとってどんな被害を与えているのかわかりはしないが、明らかに動きは鈍っている。めちゃくちゃな攻撃だってただただ円を描きながらエノキを振り回すばかりだあれなら避けられる。

 が。
 肝心の武器が。



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