「お名前言えるかな?」

 りんこが必死に話しかけている。男児はだんまり決め込んでおり一向に埒があく気配はない。
 かたわらにブルーファイアの姿はない。
 だいぶ離れたテナントの棚の陰からつくねんとのぞき込んでいる。本人としては見守っているつもりなのだがいかんせん誰の目にも怪しいその姿だ、通報も時間の問題である。
 ようやく男児が説得された。りんこが差し伸ばす手を取って、しょんぼりうつむいてドナドナとこちらへ歩いてくる。

 ――どこか行っておいたほうがいいのだろうか。

「ブルーファイア?」
「待てりんこ来るな。俺はここで待つ。お前はその子を助けてやるんだ」

 得心がいかないらしい。頭の上にでっかい?を乗っけてりんこは動かない。

「子どもが怯えるだろう」
「……」
「俺のことは気にするな。泣き出されたほうがよほど」
「後ろ向いてしゃがんで」
「え?」
「いいからいいから」

 従う。背を向けて膝を曲げた。

「へんけい!」

 気合い一発、りんこは男児のわきをつかむと

「がっ!」

 と持ち上げ

「ったい!」

 下ろした。
 ブルーファイアの肩に。

「なっ、りんこなにを!?」
「あ、ちょっと待ってね足をもってあげてね」
「わかった。……違う! 急な接近戦に持ち込まれて、泣くだろう!? 随分静かだなさっそく引きつけとか起こしてないだろうな!?」
「立つときはゆっくり」
「……大丈夫なのか?」
「笑ってる。サービスセンターってどこだろう」

 本当に?

「一階だ」

 ……そうか。
 笑ってくれているのか。
 後ろから回された小さな手のひらからはしゃくりの残滓がふるえとなって伝わるばかりだがブルーファイアの頭にしがみついている。意外なほどしっかりと。
 そうか。
 肩口に不慣れな重みを感じながら、先行くりんこについて歩く。
 りんこはすごいな。

「りんこ」
「はい?」
「そっちのエスカレーターは上りだ」
「あっ」

 でもなんで自信満々に迷うんだ。



 自分の目つきが遺伝しなければ良いと思う。
 子どもの話だ。
 エスカレーターの一段下から振り返ってブルーファイアの肩越しに少年と話すりんこのにこやかさは、きっとどの子にも遺伝するだろう。
 子どもができてもりんこは協会オペレーターを続けるのだろうか。そもそもりんこの希望に関係なくヒーロー協会がりんこ手放さない気もするが。
 本音を言うと、正直、家に居て欲しい。
 買い物も子どもの送迎も自分がやるからずっと家で帰りを待っていて欲しい。不定シフトのオペレーターをやめ、毎日りんこが出迎えに来る。ブルーファイアだけを待ち、ブルーファイアだけと話し、ブルーファイアだけを見てもちろんブルーファイアだけを愛する。
 ……ッ。
 たまるか!!
 加速する妄想、壁をブン殴りたくなるほどの情熱にしかめつらがどんどん歪む。すれ違う人々が一人残らず振り向いて女と男児の無事を祈る。





 迷子放送を聞きながらブルーファイアは「休め」の姿勢でそっと壁際にいる。
 やたらカラフルな迷子センターへ入り男児を肩から下ろしてやってなお、ブルーファイアの頭はすっかりぬくい未来予想図につかっている。そろそろ現実へ戻ったほうがいい。
 りんこはしがみついて離れなくなった男児とともにキッズスペースにいる。迷子からの脱却に目処がついて少し安心したのか、男児は口数少ないなりになにやら熱心にりんこへと話しかけている。それを聞くりんこ。見守る自分。
 家族っぽい。
 どこにでもある一般家庭に自分達を当てはめて、胸に染みてあふれる感情は温かくもの悲しい。

 受付職員とりんこにそっと近づいた。

「あの……旦那様が不機嫌になっていらっしゃいますが大丈夫ですか?」
「あ、え!? ……ああ大丈夫です。あれはほほえましがっている顔です」
「えっ」
「あ、あのあとそのかかっ、彼は、友人、です、から!」

 …………。
 そうだ。
 幼なじみであって仕事仲間であって、友人であって同じマンションに住んでいる。が、夫婦じゃない。恋仲でもない。告白もしちゃあいない。

 …………。
 もの悲しいってそういう意味じゃない。

「あの、あの表情は?」
「え、あれ、落ち込んでる……。なんだか情緒不安定?」



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