■ 変わらないもの、変わるもの




「臨時ニュースは以上です。Z市のみなさま、くれぐれも外出は控え、蚊の大群にお気をつけください。……それでは特集のコーナーです。大予言者シババワ様の『ヒーロー協会がヤバい』予言から今日で二年が過ぎようとしています。的中率100パーセントのシババワ様の大予言。もしヒーロー協会が壊滅すれば、私たちの生活はどう変化するのでしょうか」
「それでは、こちらをご覧ください。『木馬の体に女の顔の怪人』を怪人研究専門家が予想する姿をイラストにしたものです」
「手に、持っているのは……バクダンでしょうか?」
「そうなんです! 実は、シババワ様の『木馬の体に女の顔』まるきり予言そのままの怪人がおよそ20年ほど前から全国あらゆる市で目撃されているんですね。車を追い抜く速度で走り、バクダンを投げつけてくるという報告があります」
「怖いですね」
「全くです。また……これは一部都市伝説化しているものでは忍者やサイボーグを背に乗せていることがある、だとか」
「忍者?」
「忍者」
「なんで」
「それはわかりませんが……」
「怖いですねー」
「全くです。予言が生放送された直後から目撃情報がぷっつりと途切れています。この怪人、いったい今、どこで、なにをしているのでしょうか」

 ラーメン食ってる。
 ショッピングモールの飲食店街で。
「それは大変だ」と言いそうな他人面で、ワンコインランチセットの醤油ラーメンをもぐもぐしている。急にまじめな顔つきになって口の中身を大急ぎで飲み下すと壁に顔を向け、

「っぶしょん!」

 くしゃみ一発。
 緊張感がない。ぜんぜんない。張本人とは思えない。とはいえ、360度どこから見たって当たり前に人間の女性なので、りんこが木馬の怪人だなどとは誰にも思いようがないのだけれど。
 小さいテーブルの差し向かいに座ったブルーファイアもあきれている。

「ふー……」
「大丈夫か」
「ブルーファイアのラーメン、においだけでも辛い」
「……」
「うわさでくしゃみはしないわよ」

 確かに。
 しかしブルーファイアは今一つ納得していない顔つき。
「伸びるよ?」どんぶりを箸で指すりんこを「品が悪い」と叱るくせに、真っ赤なスープにとぐろを巻くラーメンはやはりかわらず放置する。
 目下意識はお昼のワイドショーに釘付けで、「予言が起こっちゃうより前に木馬女を退治できないんですか」などとしょうもないコメントをする女子アナを睨む。この女、予言が絶対に外れないからシババワが大予言者としてまつりあげられていることをどうにも理解していない。

「もしヒーロー協会を壊されても別の組織を作ればいいんじゃないですか? 予言の怪人を倒してから」

 うるさい黙れ燃やすぞ。
 りんこのことをなにも知らない奴がでかい口を叩くな。
 怒りに満ち満ちた鋭い眼光。
 哀れ、たまたまテレビの前を横切ろうとしたハエがブルーファイアの目力に焼かれて死んだ。

「!」

 落ちた。
 あろうことか、りんこの杏仁豆腐に。
 つややかで真っ白な杏仁豆腐と朱色のクコの実、その上に浮いたハエの凄惨なコントラスト。

「………………」

 本当に気の毒になるほど落ち込んでいる。肩を落として、未練がましくハエを見つめてため息をついた。

――あれってブルーファイアだよな、A級6位の
――だろ……まじで顔怖いな
――木馬女を殺るのは俺だって顔つきだな
――顔恐っ
――一緒にいるヒトまだ落ち込んでる。なんかかわいそうになってきた……
――パパ、あのお兄ちゃんこわいよう

 しょんぼりするりんこもめちゃくちゃに落ち込んでいるりんこに気を取られて義憤なんて吹っ飛んだブルーファイアも、周囲の視線に気付いちゃいない。

「俺のをやる、から、泣くな」
「ま、まだ泣いてない!」

 いかにも恥ずかしい評価に赤面したりんこだったが、しばし迷ってブルーファイアの差し出す杏仁豆腐を受け取った。

「いつも、ありがとう」
「……ああ」

 店中がほっとした。一体感ある安堵が満ちる。……渦中の二人組はやはりそのことに気付いていないのだけれど。
 ところで、テレビの前をまた一匹、ハエが通行しようとしていてコメンテイターはまた余計な事を言おうともしている。

「まああれですね、協会がなくなってもキングさんさえいれば木馬の怪人の一人や二人くらい簡単にぶっ殺してくれますよ。はっはっは」

 ぶう――……ん
 ギロッ
 ぽとり

「ええっ!」







「うええーーん」

 別にりんこが二度に渡った杏仁豆腐の死に涙しているわけではない。安心して欲しい。
 とうにラーメン屋は出ていて、目的もなくモール内をぶらつき気づけばりんこははぐれていた。ブルーファイアは頭を抱える。
 探すうちに別の迷子を見つけてしまった。
 人目をいっさいはばからない号泣だった。男のくせにびーびー泣くなと男女差別甚だしい思考はそっとしまう。
 近づいて、しゃがみこんで、

「どうした」

 しゃくり一つで叫び泣きを飲み下して、男児は鼻面に交差して顔を覆っていた両腕をゆっくり下げる。
 目を合わせた。

「父親か母親は」
「うっ」

 あっ、

「ぶわああああんひとさらいだ――――!!」
「違う!!」
「人攫い?」
「誘拐?」

 勢いを増した阿鼻叫喚にギャラリーが遠巻きな円を組み子どもは泣きやまず泣きやませ方が全くわからないブルーファイアは途方に暮れた。
 どうすればいいんだ……。

「すみません! 失礼!」「ちょっ、と、通してください!」と人混みかき分けて騒ぎの中心へ飛び込んで来たのは警備員ではない。

「よかった見つけられた!」
「りんこ」

 助かった。

「やっぱり。泣く子がいればそこにブルーファイアもいるのね」

 え、
 あ。

「……」
「あ、なんだかいやな勘違いをさせてしまった気がする! あのねブルーファイアは泣いている子どもを絶対ほっぽって置かないからって信頼でぜんぜん変な意味じゃないから! その……落ち込まないで?」
「……別に落ち込んでない」

 野次馬がの一匹が、言ってはならない事を口にした。

「え、あの顔ってぶっ殺すぞって顔じゃないの? 落ち込んでるの? おい冗談だろ」

 りんこが声の方向を睨みつけた。
 その顔つき。
 めいいっぱい眉根を寄せ、下からガンつけたあらん限りの恐い顔。
 ブルーファイアの半分も迫力がない。
 効果は今一つのようだ。が、

 ――なんだ
 ――お前はいったいなんなんだ愛くるしくて死ぬ。俺は別にいいんだからお前だって怒る必要なんかないのになんだその顔! いい加減にしろ力強く抱きしめるぞ!?

 プンプン丸と化したりんこの横顔を見つめてブルーファイアただ一人がものすごいダメージを受けている。効果はばつぐんだ。
 目元口元がにまりと歪みかけて、堅固な表情筋が押しとどめる。

「ひいっ!」

 野次馬がフナムシのように引いた。効果はばつぐんだ。
 それくらい凶悪な、にやけ顔だった。



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