ちょっとじゃなかった。

 出しっぱなしの伝票や値札が、突風に巻き上げられてぶっとんだ。上口空調からの大温風がつんつんヘアの毛先に叩きつけられる。
 急に夏が来たような超暖気だった。
 つっこんだらコケた。バランス崩して横っ腹で床を磨き上げながら、一回転目でふくらはぎににありったけ力をぶっこんで体勢を立て直すと二回転で見事背後へ向き直った。
 靴底すり減らしながら床を滑って、抱えていた女児を突き飛ばす。いつ来るかわからない鞭の一撃を、お荷物抱えてよけれる自信もお荷物傷物にしない自信もなかった。
 シイタケは触手をにょろつかせて、大きい通路一本向こうを挟んでこっちを見ていた。今のところ動きはない。

 かゆっ、


「んだこれかゆ!!」


 目が乾いて肌がカサツく。乾燥する肌に吹き出し始めた汗がまとわりついてとんでもなく気持ちが悪い。槍をかなぐり捨ててせなかぼりぼりやりたくなる。


「お嬢さん大丈夫? 動けますか?」


 ケツがしゃべった。


「今、こっちの操作で上口空調を最大値のドライ温風に設定したんです。お嬢さん、ありったけのたこあしコードをかき集めてください。家電売場中のドライヤーと空気清浄機とエアコンと、とにかく暖かくなってかさかさして来るものの電源を……もしーもしお嬢さん?」
「……ムリだろ」


 痛いしびっくりしたしもう動けない。戦場からなんとか遠ざけた女の子の顔にはそんな言葉をはっつけられていて、ぺったり座り込んでぼたぼた泣いている。


「ええっ!? なんでですか、もうあなたのいる辺りにあのキノコはは入って来ませんよ!? あのですね、あいつは曇っている場所や雨の所は飛んできたわけですよ。最近ニュースでお騒がせなUFOの正体はあれでですね、乾燥した暑いところは嫌いなんです、多分。だからドライヤー、」
「意地悪いこと言うなってお姉さん」
「いじわっ、ええっ。うーんなんでですかー……」


 なんでもへったくれもあるか。
 戦闘力のない一般市民、それも小学生くらいの女の子だ。安全地帯へ着いたなら避難がベストに決まっている。それを動けだと。なんなんだこのオペレーター。


「で、お姉さん俺は? 今は行儀よくしてるけどな。UFOってあいつなんだろ、飛んでっちまうんじゃねえのか」
「そうですね。あ、でも、スティンガーさんだとちょっと」

 むっカチン。

「ちょっと、ってなんだよ! アンタ俺のこと知らねえのか!?」
「やだな知ってますよ。でもあの中、人が収まってるんですよね丸呑みで」
「は!?」

 放り投げられたまま転がっていた女の子が引き継いだ。

「おとうさんが、」

 みなまで言わずともその続きはお察しだ。
 まじかよー……。


「刺すのはまずいのか」
「そうですね、中の人を避けられるなら別ですけれども」
「ムリだ! 後はー……殴るだけだ」
「うーん、ぶって倒せるでしょうか。困りましたね、近場にめぼしいヒーローが居ないんですよ。しかも窓開いちゃっているわけでしょう? 暖かい室温で気流はまあまあ、飛んでかれちゃったらと考えると」
「ヤバいの?」
「結構食べられちゃうかも」
「ヤバいな!」


 シイタケは困り果てた挙動で生活雑貨売場の洗剤コーナーをうろうろしている。が、飽きて逃げるのも時間の問題だ。それまでに他のヒーローが来るなら……いや、


「行く」
「えっなにか秘策が?」
「ねえよ!」
「ねえんですか! ちょっ、ちょっと待ってください!」


 待たん。
 待つ間にシイタケに逃げられでもみろ。自分は戦わないくせに意見だけは立派な夕方ニュースのキャスターにまたぞろ批判垂れられる。うんざりだ。
 俺の猛槍ならなんとかなるんだっつうの。


「お嬢さんそこでじっとしていてください。子ども一人の為に苦手な常夏につっこんで来るとは思えませんし、なんてったってスティンガーさんがいるんですからね。大丈夫です。あのキノコはスティンガーさんがやっつけてくれますから」


 急に名前を出されてびびった。
 次いで眉毛が中寄りになる。
 やっつけるだの大丈夫だの、適当なこと言いやがって。
 現場をしらないスタッフはヘタな敵よりたちが悪い。安全設計の協会内で、ほどよい冷暖房を浴びながらコーヒー片手に机上の理論振りかざして、そのくせ一緒になって戦っているつもりのオペレート。
 どんだけ大変な戦闘も、奴らにかかれば「行ってください」「やってください」「倒してください」だ。

 尻ポケットは実にあっけらかんと、無責任丸出しの口調で、


「なんてったってお嬢さんを守ってくれたのはデビューしょっぱなからA級のスーパールーキー、虎なら一人で、徒党を組めば鬼でもいけちゃう熱血系ヒーローさんです。スティンガーさんなら大丈夫ですよ」


 ……妙に力のある言葉だ。
 なんだかむずがゆい、が、いや待て。仮にも協会勤めなんだから、その程度のデータ持ってて当たり前だろうが。……なに喜んでんだ俺。


「そーかよ」

 ことさらぶっきらぼうに返事をするスティンガーに、

「あっ、適当に言ってると思ってますね!? もー、本当に大丈夫ですってば。本体は突き刺せませんけどぶん殴って人を吐かせるってのも一つ手ですし、あのびょるびょるしてる触手は猛槍の突きで一本残さず叩き切ってやっちゃいましょう。ちょっと前にぶんぶん飛ぶ怪獣倒してましたよね、やたら数が多かった、卵位の大きさの。あれと比べればあのエノキは狙いやすいですよ」

「ちょっとまって、えっ、あれ、なんで知ってんの」


 確かに報告はしたがあの一戦、災害レベル狼を倒しましたくらいにしか言っていない。ことこまかな報告なんて物的証拠や目撃証言がなけれ「はいはい」で流されるからだ。
 実際あの一戦でランクはぴくりとも変動しなかった。誰の目にも当たらない、なんのポイントにもならなかった戦いじゃなかったのか。

 誇らしげな笑みを浮かべる気配が、受話器から漏れた。


「ファンはなんでも見てるんです」


 ファンか。
 ファンならしかたないな。


「じゃあ参りましょうスティンガーさん。第2オペレーション室が最大限サポートします。ところでお腹大丈夫ですか? 痛くない?」
「ちょっと待ってお姉さん」
「はい」
「名前教えて。その変なあだ名じゃなくて」
「あだ名じゃなくてサポートネーム! ……りんこです」
「りんこ」


 口の中で転がす。りんこ、りんこ、オペレーターのりんこ。
 俺のファンのりんこ。


「りんこちょっと、がんばれって言ってくんない」
「がんばってくださいスティンガーさん」


 ノータイムで貰った返事に、自分でも驚く位の気力がわいた。
 ニマッと笑いを引き締めて、気合いの入った鼻息を一つ。

 よっしゃ行くか。



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