先に第2室でも見に行きましょうか――あそこいつでも暇だから。

 もう一階下へは人一人ずつしか通れない、職員くらいしか見落としそうな階段で下った。
 開けっ放しの地下駐車場への入り口からガソリンやほこりの生臭いにおいが階全体にむんわりと漂っている。設備費をケチられているのか一個上の階に比べて薄暗く、上を見ればなるほど蛍光灯が一本点いて一本消えていてその次の一本は点いてまた消えているの繰り返しだ。


「どうして第1と第2にオペレーション室は分かれているんですか」


 前を行く教育担当はややためらってから、


「ゴミと資源は分別するものでしょう」


 まじかよ。


 わざわざICを通すのがばかばかしい、掃除用具でも詰め込まれていそうな金属扉だった。ばかばかしくてもカードを通さなければ入れない。

 開く。

 半端にショボい部屋だった。
 ハリウッド映画に感化された大学の映画サークルが、よせばいいのに低予算の活動費とかき集めたあるものでオペレーション室を作るとちょうどこんなものができる。

 最奥の大きなディスプレイがメイン機か。その前に黒一式、備え付けらしいオペレーティングデスクが3卓あった。2機は男性職員が座っているが1機はカラ。階段を上って全体を見下ろせる席に責任者机があり、やはりこの1席もカラ。

 それだけ。

 暗くて地味でしかも動きが少ない。あの頭もじゃっとした男性職員が見ているのはネットのニュースサイトだし、無精ひげ風の男性職員はディスプレイも見ずアンティークカップで紅茶を飲んでいる。

 分別されている。

 これは、ひどい。


「あとのメンバーは室長のマッコイ氏と、」
「室長はどんな人なんですか」
「そうね……サドっぽく見せてるけど第2の管理役を自ら希望したどマゾ。すごいアゴでメガネで眼帯ですごいヘアスタイル。奥さんと娘の話題はふっちゃだめよ。超面倒なことになるから」
「……」
「もう一人は女性職員。サポートネームはオタ子」
「オタ?」
「超がつくヒーローオタク。協会ヒーローC級最下位からS級最上位まで全員覚えてるし全員の特徴を知ってるらしいわ。まあ、あれね。電車とか新幹線とか見かけると名前を叫ばずには居られない子どもみたいなもんよ。ちょっと……だいぶキモい」
「へえ……その人は?」


「ただいま戻りましたー」


 ひょっこり扉を開いたのは見覚えのある特殊事例で、からっぽバケツと首から下げたままのホワイトボードをぶらぶらさせて、


「これよ」
「あ、新人さん!? 初めまして第2オペレーション室のりんこです」
「……どうも」

 慌てて背中にバケツかくまったってだめだ。

 決めた。
 絶対に決めた。
 配属されるなら第1オペレーション室。第2に配属されたら自主退社。

 そう堅く定めた決意ごと鼓膜をぶち抜くような、唐突ででっかいビープ音。

 第2オペレーション室のモニタが一挙に赤く翻った。優先順位の低い作業が強制保存とともに最小化されて、躍り出る表示は『市民通報』『怪人』の太明朝黒文字。


「あら珍しい……ってことは第1室も手が足りてない可能性が高いわね」


 教育担当にじっと見られて、すでにいやな予感はしていた。


「悪いんだけどちょっとここで見学していて貰える? 第1は忙しいのよ」


 はいもいいえもえっちょっまじでも聞く前に教育担当はずんずん出て行った。オタ子だかりんこだかとか言う女性職員に「じゃあよろしく」と高圧的に言うと、やっぱり用具入れのような扉に社員証をタッチアンドゴーする。

 ビープをBGMに乱れ飛ぶ『怪人』の文字を背景に、ヒーローのオペレーターよりも保育士あたりが似合っていそうな場違いな笑顔でりんこは新人の案内を引きついで、


「ええーと、じゃあせっかくだしメインマシンの所降りてみようか」

「通報発信源はZ市平和通りショッピングモールGYA-RUN-Do の3階、通報ホットラインからです!」


 蛍光シールも貼られておらず見えない段を案の定踏み外して、りんこが転げ落ちて頭から空バケツを被った。ものすごい音がしたのに誰も気にもとめてない。日常というのは誰にも気にとめられない物なのだ。
 二の轍を踏んでなるかと慎重な足取り下りきり、一足早くに起きあがったバケツ怪人のただならぬせりふを聞いた。

「やった、今日はマッコイさん居ないから久しぶりにオペレートできるじゃん」
「だっ、」

 思わず口をついた。


「大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫、見た目より頑丈だからケガないよ」


 そっちは心配してねえよ!
 ぐっと腹に力を込めてつっこみを取り押さえた。
 私、あくまで新人、あくまで新人だ……!

 バケツを雪だるまかぶりにしたあほくさい笑顔からは、何一つ大丈夫な点を感じられない。

 不安な目を向けてもりんこは気にとめない。というか気づかない。さっさとオペレーションマシンの右端席について、

「……そうだった、コーヒーこぼしてたんだ」

 自業自得によってうんともすんともいわないディスプレイを見た。


「ダメじゃないですか!」
「大丈夫大丈夫。ダンディさん貸してください」
「わかった」


 わかっちゃだめじゃない!?
 なんの迷いもなくダンディと呼ばれた確かにダンディな雰囲気の男性職員はりんこに席を譲る。右席にひっかけられていたヘッドマウントディスプレイを頭にがちゃがちゃ取り付けながら左端席にケツを移し替えて、


「よし」


 よしじゃなくない!?

 めちゃくちゃにおろおろする彼女を見て、死んだ目の天然パーマがへらへらと、


「や、まじ大丈夫だって」
「でも、」


 接ぎ穂はない。もうどんな風に口を動かしたって悪口にしかならない自信がある。
 もじゃもじゃの毛に指先つっこんで頭をぼりぼり掻くと、


「確かにさ、りんこはコーヒーこぼすし書類書けないし整理できないし、簡単な計算もミスるし漢字読めないし階段でこけるしすぐ泣くしすぐ忘れるけどさ」


 およそ一点も大丈夫そうに思えない言を重ねてから、心配の色を濃くしたなんにも知らない新入社員に、大仏が、


「でも、サポートなら誰にも負けない。怪人並み」


 これまた不安になる例えを残してディスプレイを向いた。
 手も口も出せない。「そこ、座っていて良いぞ」と今は仮死状態のオペレーティングマシンの一席を勧められて、おとなしく腰を下ろす。

 責任者席でどっかり指を組んだダンディが、

「りんこ」

 りんこの選手宣誓。

「サポートを開始します」


 ちらっと右端席へ目を向けて、にまっとしまりのない笑みをひとつ。

「うっし、いいとこ見せるぞー」

 あくまで小声だったけれど部屋は狭い。ばっちり聞こえた。
 ……その宣言の時点でだいぶかっこ悪いから。



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