どこから運は尽きていたのか。

 コーヒーをこぼしたのは明らかにうっかりだ。ぼんやりしてマグカップの取っ手を滑らせた。

 結果よりも過程の見直しとそこから導かれる対策こそが解決への道だ。というわけで事故調査をしてみよう。


 まず前夜だ。りんこは一向に寝つけやしなかった。まだなにもはじまっちゃいないというのにマイナス方面の妄想に取り付かれて、布団にくるまりごろんごろんとのたうち回っていた。

 結果。

 マジックで引いたようなクマができた。隠し切りたいならドーランでも塗れとばかりのツーライン。手持ちのコンシーラでは勝負にもならない。
 それでも苦闘し化粧をして大幅に時間をロス。

 結果。

 朝食を食いっぱぐれる。
 出てすぐに犬のうんこを踏む。挙げ句すべってこける。

 ここまで畳みかけてくるといっそわざとなんじゃないかと疑いたくもなる。
 満身創痍で遅刻をして、あげく寝不足でかくーんとなりコーヒーばっしゃあだ。


 その通り。
 自業自得だ。


 非番のマッコイ室長に代わり今日の責任者のダンディは、とても抵抗ありげな表情でバケツとホワイトボードを取り出した。


「私はまたコーヒーをオペレーションシステムにこぼしました」


 あらかじめ書かれていたメッセージは、あきらかに室長の字だった。素晴らしい先読み力だと思う。シババワとの血縁関係はない。


 かくして、半べそで懲罰を食らうりんこは協会職員に写メられスティンガーに不快感を与えた。
 夜は寝るべし。






「……あの子は、だいぶ特殊な事例だから。ヒーロー協会の職員水準はそこいらの企業とは比にならないはずよ。オペレーション室案内するわね」


 呆れかえった教育担当の言葉に、愛想良く返事をする新入直前社員は、最後にもう一度振り返り情けなさすぎる先輩職員を見た。

 両手に水を張ったバケツで、クビから恥ずかしいメッセージボードをぶら下げて、髪型も化粧もちょーてきとー。
 ……ああはなるまい。
 決して。


「Z市の支部にはオペレーション室が2つあるの。第1オペレーション室がB1、第2はB2。あなたは第1配属になるだろうから、間違えないようにね」


 誰あろう、のちにつぶらとサポートネームをつけられる新入直前社員は。切りそろえたばかりのショートボブを揺らしながら教育担当にくっついて、うわっつらにこにこと、内心では失敗したーと頭を抱え込んでいる。

 ヒーロー協会って! イケメン! 少ない!!

 すれ違うのはおっさんか雰囲気イケメン風フツメンあるいはそれ以下ばかりだ。
 ヒーロー協会の広告塔であるアマイマスクを基準に考えている時点で間違っているのだがそんなもん夢見がちな新卒女子に説いたところでなんの解決にもならない。

 舌打ちのひとつも叩きたくなるほどの落胆していた。


 地下1でエレベーターが開く。ガラス張りの向こうに、第1オペレーション室があった。


「わ、」


 たとえば、ものすごく広くて赤い夕焼けを見るとする。無防備な心はぶっとばされるような感動を食らう。

 声が出た。


「Z市支部、ヒーローサポートの要よ」
「すごい……ここが」


 環状線の夜景をガラスの中に納めたような光景がある。

 中央、柱に見えるのは協会の中央コンピュータだ。めまぐるしく光を流す情報血管が床を生命の樹のように這い、ピコセカンドで情報をやりとりさせている。広くて暗い中はいくつものドーナツリングを重ねた席作りで、円の中では空中表示モードに設定された画面がいくつも浮かんでいた。その中のグラフや地図も、絶え間なく動き続けている。
 精悍な顔つきでオペレーティングマシンに向き合い、専用インカムへと言葉を紡ぐのがオペレーターの姿がある。だいたい15名ほどか。

 ヒーローのサポートなどには正直ぜんぜん関心がないのだけれど、思わず心動かされる姿だった。

 かっこいい――。


「忙しそうね。まあ第1はいつでも忙しいものだけれど」
「いつでも、ですか」
「優秀な人間はね、求められるから」


 誇らしげに胸を張る教育担当の胸元、職員ICカードにはなるほど、『ヒーロー協会 Z市支部 第1オペレーション室』とあった。



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