■ きのこたけのこオペレーション





「UFOだと思う?」
「怪人だろうな」

 返事とともにブルーファイアはかごにシイタケを放り込んだ。100g198円、りんこにとっては値引きシールを待ちたくなるお値段。

「そもそも宇宙人って、怪人に含まれるのかしら」

 多分りんこの頭に居るのはグレイ型宇宙人で、

「……怪獣かもしれないが」

 ブルーファイアの頭には火星人型宇宙人が居る。

 別に両名、最近スターウォーズを観たわけではない。

 現在地である駅前中規模スーパーマーケットの、レジ前雑誌売場に答えはあった。
 週間雑誌、今日入荷したのにすでに立ち読みで耳が折れた一冊、表紙には礼によって例のごとくアマイマスクだ。
 その頭にかかるスペースに斜め置きに写真がある。灰色の空と真っ黒い円盤の、

『UFO! 集団失踪との関係は!?』

 いかにもすぎる未確認飛行物体だった。

 著名専門家の分析コラムが云々と載っているようだが、果たしてどこまで信用のおける情報なのかは甚だ疑問だ。

 表紙の煽りはUFO以外にもいろいろある。「パンダ! ジャイアントかわいそう!」というのはこれまた例によっていつものヒーロー協会批判だったし、童帝やタツマキといった小さい子を巨悪と戦わせなければならない時代について文筆家がなにやら嘆きを綴ったページもある。童帝はともかくタツマキは、タツマキは、





「あの、」


 ブルーファイアはバラ売りのにんじんを吟味していた。その背中の裾も引けるほどの距離だった。
 手だって伸ばしかけていたのに、りんこはついにためらいに負けた。
 真剣ににんじんの色つやを吟味するブルーファイアは引っ込められた指先には気づかず、しかしりんこの声にはきっちり反応した。不自然に途中でぶったぎられた呼びかけに、


「どうした」


 りんこは問いかけそうになった「いつまでZ市に居られるの?」をのどの奥へと蹴り込んでいた。
 彼女面か。
 自分のポジションを見失っちゃいけない。
 幼なじみで、お隣さんだ。それもとても仲のいい。
 それ以上なにを望むというのか。
 今以上になにがほしいというのか。
 怪人が、分不相応に。


「明日第二オペレーション室に新人さんが来るんだって。て言ってもまだ入社式も終えてないから、内定後研修でほとんど協会の間取りを見るついでに来るだけみたいなものなんだけど。でももしかしたらうちに配属になるかも」
「そうか」
「私後輩って初めて。……めちゃくちゃ舐められそうな気がする」
「……そうだな」


 りんこはなんというか……小学生にスカートめくりをされるタイプだ。


「へへへ」
「だが、」


 咳払い一つでなにやらほぞを固めるブルーファイアの横顔、押し隠せなかった赤面にさしものりんこもなにかこっぱずかしい事を言われることを察した。なんとなく背筋を伸ばした。


「お前の仕事を見てお前をバカにできる奴はいない。それは、俺達ヒーローが最も理解していることだろう」
「……ん、」
「りんこのオペレートとサポートは、他の協会員には絶対にできない。し、俺たち現場はお前の能力で幾度となく勝利をつかんできている。大事にならずに済んでいる。りんこの手助けは大きい」
「うん」
「だから……あー、その……。出動要請がなければ、明日の夕飯、作っておく。がんばれ」


 どうしてブルーファイアはいつもわかってくれるのだろうか。
 実の親でも察してはくれない、口にできなかった言葉をことごとく拾ってくれるのは、一体なんでなのだろう。
 不思議でならない。
 うれしくてならない。
 明日会える、なんて、がんばる理由としては十二分すぎる。


「ブルーファイアー」
「ああ」
「ちょーさんきゅー」
「……変な言葉遣いをするな!」
「めんご」


 まきを割るようなチョップつむじに食らって、なのにりんこは名前を呼ばれた犬のような顔で笑う。大げさに頭のてっぺんを押さえて、晴れやかすぎる顔で。
 そんな顔をされたらブルーファイアだって釣られて笑う。
 誰の目にも和気藹々といちゃつくカップルに、


「警備員さんあそこです! 女性に暴力を振るう凶悪な顔の男が!」
「!?」

 ……見えないらしい。





 どこまでも釈然としない。

 スティンガーは後ろ手で扉を閉めた。かなり乱暴に叩き閉めたつもりだったがドアクローザーに威力を殺され、パッタンとごくごくふつうの音で閉まられた。支部といえどもヒーロー協会、A級程度の力で揺らぎはしないというのか。

 背を向けて愛槍をぐぐんと回す。廊下のちりやほこりを吹っ飛ばす猛槍――タケヤリ――の回転を体の前でびしりと止めた。しなる猛槍のつややかで細い軸に、自分の顔が映る。

 節立った緑の長棒、装飾のないシンプルさは自信の表れだとさえ思う。
 この鋭利な先端を振りかざし、いくつの悪を退けて来たと思っているのか。
 未だに室内の長机でふんぞり返っている協会役員とやらはわかっているのか。わかっているはずがない。

 口からでっかいため息も出る。

 武器と敵との相性が悪すぎたのだ。
 先日出現した怪獣は誰がどう見てもパンダだった。それはスティンガーも認める。
 誰がどう見てもかわいかった。そこも認める。

 だからってヒーローの役割を果たした俺が叱られる理由がわからん。

 なんだ、パンダ愛好会から批判が殺到って。パンダを竹で叩いたところがバイオレンスすぎるってなんだそれ。なんだそれ。


「だあ〜〜!! くっそおー!!」


 空いた手で頭をばりばり掻いた。

 バッシングを納めるために武器を変えろとまで言われてしまった。今更できるかそんなこと。相棒と呼べる武器だぞ。……いやギャグじゃなくてマジで。棒が相棒とかそういうんじゃなくて!

 ただでさえ暑苦しい顔立ちなのに、怒りでさらに暑さ倍増させている。

 地団駄踏み出しそうな足で前へ踏み出した。さっさと出よう。


「……?」


 エレベーターを出てすぐ、玄関ホールには妙な雰囲気が漂っていて、原因はすぐわかった。

 協会職員の女の子が、バケツを両手に立たされていた。
 胸にひっかけられた小型ホワイトボード曰く、『私はまたコーヒーをオペレーションシステムにこぼしました』どうやら懲罰を食らっているようだ。

 ……なんだお前等暇なのか。遊んでるのか!
 これだから現場に出ない奴らののんきさったら!!

 出口扉が自動スライドして、スティンガーにどこかから桜のにおいが押し寄せてきた。
 ため息を一つ。春の陽気にいかりがほぐれた。
 まあなんだ。猛槍で活躍すればバッシングとやらの対策にもなるだろう。
 愛槍を肩に担ぎ直して怪人を探そうと一歩踏み出して、


「あ、」


 行き先変更。
 目指すは近場のスーパーだ。
 ヒーローだって、トイレットペーパーくらい切らす。



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