ソニックちゃんだって酔っぱらっている。
 我が物顔でずかずか歩き当然の面で店員や他の客に道を譲らせ、天井からぶら下がっている油染みた案内板に従いトイレへ向かう。
 男女にきちんと分かれたトイレだった。

 ソニックちゃんは迷わない。

 ばっしーんと扉を開いた。

 申し訳程度のついたてがあって、先客は大学生くらいの若造で真っ赤な顔でふらつきながら用を足しているところだった。もちろん男性用の小便器を使用していて、闖入してきた美人にぎょっとしてただでさえ外れていた狙いがとんでもないところへ飛ぶ。

 ソニックちゃんは遠慮しない。

 自分がスカートをはいていることさえ、たいして意識などしていないに違いない。

 顔も赤いし目も据わっているし足取りだってやや怪しい。酔っぱらった美女がうっかり男子トイレに入ってしまったのだろうと先客は一応納得をして、じき出て行くだろうと踏み自分の作業に戻ろうとして、
 隣に立たれた。
 尿も止まる。
 タイトなスカートをたくし上げる手に釘付けになる。ストッキングをおろしてぴっちりと身に付いていたのはなぜか明らかに男性ものの下着で……――。

 多くは語るまい。
 先客はソニックの顔と、下と、顔と、下を何度も飽きることなく見比べた。往復するごと頭の上の「?」が増えていく。
 下着の位置を直してストッキングもグイと上げて、スカートを前後から摘みしわを伸ばす。手もきれいに念入りに洗うとふと鏡に映った顔を見て尻のポケットからポーチを取り出し、あぶらとり紙で顔を押さえて軽くフェイスパウダーを叩き込み、満足げな顔をする。
 いかにも気の強そうなケツを振って、美――おそらく女――が去った。
 きつねにつままれた顔でそのケツを見つめていた先客は、はっと酔いから覚めたような顔をして、

「なんだ……夢か」

 彼も落としどころを見つけたらしい。





 本題一つ目。
 なにヒーロー協会なんてもんに入っていやがる。
 本題の二つ目。


「知っているぞりんこ……」


 に入る頃にはへべれけも回りに回り、やめときゃいいのに杯をあけてすぐに注文した冷や酒を、やめときゃいいのにぐいぐい飲む。
 わけもわからずテーブルをぶったたいた。空の枝豆が醤油のひからびた小皿が宙を舞う。

 きっと睨んで、


「きさまっ、同棲してるんだってな!」
「おはしが」落ちた。
「男と!! ふしだらな! けしからん!!」


 自分はどうなんだ。性別を偽り続けているからノーカンなのか。
 駄々っ子のいやいやよろしくかぶりをふってりんこを責める。りんこはまだもうちょっと出来上がっていないがソニックはとっくに完成した酔っぱらいだった。

 娘の結婚相手の挨拶で緊張してお酒呑みすぎて失敗するお父さんってこんなかんじだよね。……失礼だったかソニックちゃんは女の子なのに。

 りんこはフローズンヨーグルトに桃のスムージーにモヒートを混ぜたオリジナルなんとかという、これまたおやつみたいなカクテルをデザート代わりに舐める。つっぷして今にも泣き出しそうなソニックを眺め、はははと能天気に笑った。こうなるともうダメだ。たちが悪いことこの上ない。

 絶対アレ言うだろうな!

「誤解だよ。一緒に住んではないもの、幼なじみでたまたまその人も同じマンションに引っ越してきただけで、」
「同じことだ!」

 ぜんぜん違う。

「男なんてなあー! 男なんてな――!! みんなっいやらしい目で見てるんだからな――――!!」
「あ、お冷やください」
「俺は!! 酔って! ない!!」


 どの口が言う。


「いいか、お前は自分は大丈夫とか思ってるみたいだし、でも男がとなりにいるってようは一緒に住んでるのと同じだからな! 貞操観念のひとつもないのかこの淫売! 馬鹿りんこ!! でも好きだ!!」


 なに言ってんだこいつ。
 酔いも醒めてきた。りんこの酔い癖も今日ばかりは発揮されないまま終わる。なぜ酔っぱらいは自分より格上の酔っぱらいを見ているとアルコールの回りが遅くなるのだろう。
 極論をどんどん北上させていくソニックを放って置いたら絶対いつか歯ブラシ持参で家に乗り込まれると思う。
 適当にあわせてやり過ごそう。


「はいはい、私もソニックちゃん大好き」
「ほらな! お前はいつもそうやって見境なく誘惑する! アホ!」
「イエス気をつけますマム」
「俺だって……俺だって男なんだぞ――!!」


 酔っぱらうとちょくちょくこれ言うよね。
 水が来たら無理矢理呑ませてタクシーに放り込もう。
 へべれけに突っ伏して半泣きで「ほんとうだからな」とぐずる美人な親友をりんこは、「かわいい」と笑う。


□ She 恋慕くノ一役



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