長ったらしい名前で甘ったるそうなカクテルはりんこ、表面張力ぎりぎりまで注がれたグラスから、あたりまえにこぼれて受け升に溜まる八海山がソニック。
 食えなくもないが舌鼓は打てない料理を食うためにりんこを呼び出したわけではない。そこはかとなくしみったれた料理を適当につつきながら特に会話のタイミングなんて考えず、ソニックは本題の一個目に入る。


「貴様、ヒーロー協会なんかで働いてるようだな」


 りんこは返事もせず、単品注文したなんこつをこりこりしている。
 ソニックちゃんのお箸きれいに割れてるなあ。袋で箸置きまで作ってるしなあ。育ちがいいんだなあ。
 なんて思いながら、失敗割り箸で臆すことなくどんどん小皿にサラダを取り分けた。


「ふざけてるのか。俺だって指名手配されてるんだぞ」
「だってあのころのヒーロー協会って学歴不問だったんだもの。まあ私お掃除係での採用だったんだけど、本当にけっこう誰でも雇ってもらえたんだよ。私よりにもよって中学もまともに卒業できてないからね誰かさんのせいで」


 サラダと恨み言を誰かさんの目の前にどんと置く。
 ストールも外さず組んだ腕も外さず、誰かさんことソニックちゃんこと誘拐略取して七年軟禁まがいでりんこを傍に置いていた犯人はさっと顔をそらした。


「あーあ。学制服着てみたかったなー」


 食卓にいかにも行儀悪く肘を突いてのぞきこむような視線をぐいぐい押しつけられて、わざとらしいりんこの責めに太刀打ちするすべなんてない。
 汗までかいていやがる。


「い」


 どもった。
 舐めるように飲んでいた八海山を白いあごさらしてあおり飲む。唇をなめずりつつ、強気きわまる目を返した。


「いいか! 貴様はあくまで俺の依頼品なんだ!」


 聞いているのかいないのか。りんこはふんふんと枝豆をつまむ。


「あ」
「依頼人が見つかり次第身柄を引き渡す! 変態コレクターの愛玩物にされようが知ったこっちゃないしその時の貴様の事情なんて一切考慮してやらんからな!」


 力加減を間違えた。ふっ飛んだ豆は弾丸の速さでりんこのほっぺたをかすめて物置じみたせまい個室の砂壁に兆弾、そのまま姿をくらました。きょろきょろテーブル席の下をのぞき込んでみるがどうにも見あたらない。人の話を聞け。


「なぜなら俺はいかなる仕事も完璧にこなす究極の忍者!」
「もういい年なんだから、私って言いなよ」


 ソニックはソニックですでにりんこが話を聞いているのか否かなんて眼中にないので、需要と供給が釣り合っている状態なのかもしれない。
 りんこはりんこでまだ豆を探している。ついにイスからおりてテーブルの下にはいつくばった。おい見つけたらどうする気だ、食うのか。


「しかし依頼品の貴様になにかあられても困る。いかに俺が最速を誇る最強の忍であろうが勝手に死なれてはどうしようもないわけだ」
「スカートはいてる時くらい足閉じなさいったら」
「もうあちこちふらついたりしないと誓えるのであれば俺の元で守ってやったって――か、っかまいはしないがっ」
「うわ、ねえボクサーパンツってどうなのスカートの下にボクサーって」


 言葉の打ちっぱなしか。お前らキャッチボールしろ。
 テーブル下でしげしげボクサートランクスを見守っていたりんこからだと、立ち上がる瞬間に隆起したたくましい筋肉がうかがえたはずである。
 それでもりんこはさすがソニックちゃん、くノ一だけあって体格が立派だなあ程度にしか思っていない。オリンピックで性別不明の選手はだいたい女であるのと同じようなもんだと、妙な落としどころに身を置いている。


「どこ?」
「便所!」


 ふらつきこそしないけれど平時と明らかに足取りが違う。
 が、やっぱりりんこだって同じ酔っぱらいだ。気にもとめない。
 もうすでに、自分がなんのためはいつくばっているのかさえ忘れている。立ち上がろうとして、ごちんとおもっくそ頭を打った。



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