のこのこ鍋もってついてきたりんこもりんこだがハゲもハゲだ。なぜ怪人とわかっている相手をほいほい家に上げた。この空間にはバカしかいないのか。
エアコンにはチラシの裏をつかった「封印」の文字が張りつけられている。節電かもしれない。ただでさえ白い息が、シチューの暖かさを伴ってより白い。
ハゲはまだはふはふしている。あぐらをかいて一心不乱にシチューをぱくつく。
合間に、多分、「うめえ」と言いながら。
ちょっとうれしい。
最近ずっと一人で食事だったから。
「お前怪人だよな」
「うん」
「だよな。この間のあれ、なに?」
「あれ?」
「動けなくしただろ俺のこと。あれってどうやったんだ?」
RATだとりんこは思う。舌に当たるスプーンが苦い。
正式名称はリモートアドミニストレーションツール、怪人化している時にしか使えない取っておきの必殺技。電気信号さえ通っている相手であれば人でも家電でも差別しない。
RATがペストさせた相手の脳みそをりんこはつかむことができる。遠隔操作で主脳へ直接、最優先実行のコマンドを送れるからだ。手を触れずにドライヤーをONにすることもできるし手を触れずに怪人の心臓だってと止められる。りんこが動かないでとコマンドすればだるまさんが転んださせるなんてわけないことだ。
本当にとっておきの、必殺技。
バラすわけにいくか。
「秘密」
「はあー」
納得したのかしていないのかもわからない。
緊張でかわく唇を舐めすさった。しょっぱい。
「倒す?」
もぐもぐごっくん。
「いいよ。それよりシチューうまかった。ごちそうさん」
「お、おそまつさま」
「いやマジで助かったよ。三日くらい雪山下りられなくてさ、死ぬかと思ってた」
「遭難ですか」
「そうなんだよ」
「……」
「……今のは俺が悪かった。その顔やめろ」
「スキーにでも行ってたんですか? 災難でしたね雪だるまの怪人が、」
そうだ。
最近、この近くにある雪山といったら山よりでかい雪だるまの怪人が出た。オペレーション室も戦争のように大わらわで対策に追われていたのだ。それが、その日の内に解決。ヒーローは未出動だし怪人の死因は腹にいっぱつぶちあけられた風穴だけど誰がやったのかは不明。
Z市、ゴーストタウン。
怪人出現率が世界一高い地域。
そこに一人暮らしする、自称ヒーローのハゲ。
「あーうんやつけたから」
スプーンを落とした。
「あっ、あーあーあー」
フローリングにぶつかり音を立てて飛んでいくスプーンを、ハゲはずぼらなハイハイで追いかける。
くっついた毛を手でパンパン払っているが……使えないだろう、いくらこすったって。
もっともりんこの目にはハゲにかつて自生していた毛髪なんて見えちゃいない。
なんにも見えちゃいない。
おいどうした、気分でも悪くなったか、吐くならトイレ、玄関横の扉。
おーい。……おい。
気絶!?
かっちんこちんに冷凍されたりんこの目の前に手をぴらぴらさせて意識を確かめている。
とんでもないハゲを餌づけてしまった。
○
「ごちそうさまでした」
「いやごちそうされたの俺だから」
たのもしい分厚さの積雪に靴が刺さる。
りんこの鍋はサイタマが持っていた。送ってくれると言われたのだ。
ありがたくお願いした。
街頭も点いていないゴーストタウンは恐いと思う。すごく。幽霊とか出そう。ビルの窓からこっちを見てそう。恐すぎる。
やっぱりなにを考えているのかまったく読めない横顔は、りんこのとなり半歩先を、ハゲ頭に雪を積もらせながらずんずん歩く。
ヒーローだと言った。
りんこを倒さないとも言った。
別に信じていなかった。ヒーローだってだまし討ちくらいしていい。悪者もヒーローも真っ向正面から勝負をしかけてくれるのなんか、日曜朝九時までのお話だ。
まったくなにも考えてなさそうな横顔は、まったく拳をふるう気配もなく、Z市中心街へ向かう道を進んでいく。
「あの、」
「おー」
「私たまにおかず作りすぎるんです」
「くれんの?」
「話早いな! あげますよ」
「よっしゃーー!!」
まあ正しくは作りすぎるわけではない。来るのかどうかがわからないブルーファイアの分で、帰ってこなければ次の日の弁当か夕飯のおかずが被る。それだけだ。
「あ、でもシチューとカレー以外は残念だから。ほんっとうにおいしくないから、期待しないでください」
「いいよ。ブタの餌でも食う」
「……それフォローじゃありません」
「マジでか」
一本道の先では街灯が雪に映っている。
「ん」と鍋を差し出された。
「じゃあまた」
「またな」
粉雪に翻ったマントへ向かい、声を張った。
「私、りんこです!」
「サイタマ!」
わざわざ振り向いた。仁王立ちで腕を組んで、
「趣味でヒーローをやっている者だ!」
頭を鼻も赤くした天敵が名乗りを上げた。ヒーローごっこのような高らかさで。
□ 優しいハゲの家