それにしても女子力の欠片もない部屋だ。
脱ぎっぱなしの服がのたくって、部屋の隅には雑誌のたぐいがじゃんじゃん重ねられている。忙しいのもわかるけれど。
鼻で息を一つ吐いた。
腰に手を当てて部屋の惨状を見下ろすブルーファイアの手には棒付きワイパーが握られている。
棚の上からほこりを拭いゴミを捨ててきれいにしたスペースへ邪魔者を移し開いた空間にモップを滑らせる。
さすがにパンツやブラジャーはほっぽらかされてないものの……ストッキングもなかなかきわどいものがあるとブルーファイアは顔をしかめた。苦肉の策としてシャツでつかんで持ち上げるという方法を取っているが、端から見るとまるきり犬のうんこを拾う動作だ。本人からすれば、女性の肌に触れるものを許可なく見たり触れるのはよろしくないと、至ってまじめなのだが。
そしてそれを見つけた。
脱ぎ捨てられた衣服をどけた先、開きっぱなしの雑誌が落っこちている。
少女マンガの絵柄で、男と女がコマの中でなにやらいちゃいちゃしている。
全裸で。
大事なところは白抜きで。
ブルーファイアは雑誌を閉じた。
「…………?」
表紙にはさっきのマンガと同じ男女が幸せ全開カメラ目線で描かれている。どう見ても少女マンガにしか見えない。
もう一度開いた。今度は別のページだ。
一目でわかるほどのエロシーンである。
たっぷりつゆだくなノリでページのほとんどが白抜きだ。18歳以下の目に触れる所には置いておけない。
投げつけるように雑誌を閉じた。
「…………!?」
立ち上がり腰に手を当てもう片手のひらで顔を埋める様はまるで問題の対処を思案するエージェントのような貫禄がある。のに、考えているのは死ぬほどくだらない。
りんこが「ちょっぴりエッチな大人女子コミック(はーと)」などを読んでいたことがそんなにショックか。
こんなにショックなのだ。
見ろ、ストレスのたまった犬がしっぽを追いかけるようにせまい部屋をぐるぐるし始めた。足を動かせば確かに脳も動く。が、脳の中に解決策がそもそもないならいくら動かしたところで仕方がないだろう。
筋張った手で口元を覆っている。動機には同情するが犯行を感化できないという警視の面構え。なにちょっと涙目になってんだ。
ちらと表紙を見やった。
「……!」
さらにそれを見つけた。
雑誌の表紙右上に、やっぱり大福一個で隠せそうなカットのイラストがある。近づいてしゃがみこんで、一言。
「似てる……」
○
鍵が開く音も聞こえなかったというのか。
「……」
「……」
「……ただいまー……」
悲鳴も上げなかった。
飛び上がるほど驚くことないだろう。
ブルーファイアはゴキブリのように後ずさる。いや本当はゴキブリは前進しかできないのだけれど。挙動の早さと直線的な動きが似ていた。
今の今までどっぷりつかるように読み込んでいたマンガ雑誌を背後に隠したって、持ち主が真横からのぞき込んでいたのだ。
もう誤魔化しようもない。
「っ! 誤解だ!!」
なにも涙目で叫ぶことないと思う。
「……うん」
「たっ確かに俺はりんこにそういう感情を抱かないわけではっ、ない、が! 無理強いする気は毛頭ない! 結婚もしてないのに肉体関係など言語道断だ!」
「……はあ」
「新婚旅行先のホテルか旅館で、得意ではないが雰囲気だって作ろうと思っている! 赤い屋根の白い壁の家で大型犬を飼って理想としては数年は二人きりでいずれは一姫二太郎、」
夢見がち全開でテンパられてはりんこまで恥ずかしい。たかがレディコミの濡れ場だというのに。
「ねえ落ち着いて。夜ご飯なににするの?」
「ゆっ、油淋鶏」
「わーい楽しみ」
すげえ力業で流れをねじ切って、りんこは冷蔵庫へ牛乳をしまいに行った。
その横顔、
「……似てる」
なんだかんだで耳まで赤らんだりんこの横顔は、やっぱり右上の女の子にそっくりだった。
□ コンビに縁、末、ロマンが