■ コンビニエンスエロマンガ




 その日はパンがなかった。

 りんこが後悔している。食パンだけを買うつもりだったくせに、手に持てば済む買い物だったというのに、ついついカゴを取ってしまったことを。

 自分の食欲を甘く見てた……!

 深夜のコンビニでは丁度入荷陳列を終えた新作スイーツが蛍光灯の下できらめいていたのだ。ほとんど思考停止、本能に突き動かされるままに目的の食パンよりも前にカゴへおやつを放り込んだ。
 床の上に点在する商品コンテナを避けてレジへ向かう途中、入り口横に並ぶ雑誌の見出しを眺める。

『アッ―! あのヒーローが実はホモ!? 完全独占、大スクープ激写!!』……週間ヒーローめ。この前訴訟沙汰になったのに本当に懲りないな。

 女性ファッション誌ではアマイマスクさんが一人占めだ。ラックの先頭5誌中、ほかの1誌ではどう見ても小学三年生でその実小学三年生な、鮮烈デビューほやほやのS級ヒーローの姿がある。なるほどよく見ればママ世代の雑誌だ、これはこれで売り上げ伸びそう。
 そしてその1誌を除いて残りは余すことなくアマイマスク。
 レジ横ではアマイマスクの顔面が張りつけられたうちわも売っている。ヒーロー協会のまさしく顔だ。
 表紙の中から笑いかけるアマイマスクにりんこは手をあわせて拝んだ。
 いつもありがとうございます、今後ともヒーロー協会をお願いします、あと世界が平和になりますように。
 おい神様じゃねえんだぞ。


 そうして顔を上げて、


「!」


 それを見つけた。





 家へ帰って鍵をかけて、着替えもせず化粧も落とさずに買ってきたばかりのコンビニ袋を開く。
 女性向けマンガ雑誌だった。
 やたら目がでかい女の子がやたら顎のとがった男に抱きついている人気作品にも、新連載やら応募者全員サービスやらといったかわいい字体にも目もくれない。

 りんこの注目は表紙の左下、その一点張りだ。
 大福をおいたら隠れてしまうちっぽけなスペースに、少女マンガな絵柄で少女マンガには珍しいタイプの男が描かれていた。

 目つきが悪い。とても悪い。
 髪が短くて黒い。
 目つきが、とても、悪い。
 似ていた。
 どうしようもないくらい、ブルーファイアにそっくりだった。

 ばかばかしいことにりんこはちょっと緊張している。早く該当キャラの出てくるマンガを読みたいのに、なんだか気恥ずかしくて結局最初のページから開いた。

 今一つ存在を忘れられたコンビニスイーツが、ひっくり返ってクリームを逆立ちさせている。フタと容器の隙間からソースをこぼれさせているのにはいつ気づくだろうか。
 夜は長い。





 その日は牛乳がなかった。

 ブルーファイアはいかにもリサイクルショップから引き取りましたという古さの折りたたみ足のちゃぶ台に古新聞を敷いて火炎放射装置の掃除をしていた。ノズル詰まりの原因になり得る油を丁寧にこそげ落として、爪の間まで黒い。


「コンビニ行ってくる、なにかいる?」


 ほとんど靴を履き終えたりんこに、ブルーファイアはすぐさま立ち上がり洗面所へ向かいながら、


「一緒に行く」
「そんな、休んでていいよ? たまの休みなんだから」


 削るように石鹸を消費して手を洗うブルーファイアを置き去りに、さっさとりんこは出ていった。
 扉が重ったるい音を立てて閉まる。

 たまの休みなんだから、一緒に居たいんだ。

 言えばよかった。

 手に触れれば一瞬で灰色に染まる水道水をじゃんじゃん流す。

 でも、りんこの気持ちもまあ、嬉しい。

 ようやく透明になったところでコックを閉めて顔を上げた。
 鏡に見るも恐ろしい顔をした男が映っていた。

 ブルーファイアのにやけ顔だった。



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