「よかったまだ居た!」


 りんこが戻ってくるよりもはるかに早く、ジェノスは通用口を駆け戻ってくる5cmヒールを感知し息を吹き返していた。
 右見て左見てまた右見て大急ぎで車道を渡るりんこを、決して引き離すことはない速度で歩く。帰りつつあったというフリだ、往生際の悪いことこの上ない。

 後ろから声をかけられてようやく立ち止まった。なんだなんのようだという不機嫌な表情をわざわざ作って。
 そんなことで臆すりんこではない。


「これ、私の連絡先!」


 片手でハイドーゾ、社会人にあるまじき雑さで手渡したのはそっけない白さの名刺だった。
 丸の中で両翼を広げた猛禽類、ヒーロー協会ロゴが中央に印刷されていて、そこに被ったゴシックフォントは「ヒーロー教会Z市支部 第2オペレーション室 オペレーター りんこ」下にあるのはZ市支部の住所、電話番号もそうだ。

 空白部分はあまりない。
 手書きの走り書きで埋まっている。

 携帯番号とZ市市内にあるらしいマンションの住所部屋番号まで伝えようとすれば、ちっぽけな名刺の余白なんてあってないような物だ。


「何かあったら連絡してね」
「……」


 ジェノスはやはり無言。
 りんこはアームをむりやり取ると手のひらに名刺をねじこんだ。両手できゅっと包んで握り込ませて、


「うそ、何もなくてもいいや。連絡して」
「…………」
「またね!」


 手首の内側に巻いた腕時計の文字盤を一瞥、うっわやばいまた叱られると大騒ぎをして右見て左見て右を見返さずに車道を駆け抜けていく。たいして高くもないかかとのくせにつんのめりそうになりながらムリヤリ走って今度は振り向かない。本当に姿を消した。

 ジェノスは表情一つ動かさない。

 見つめている。

 またねを噛みしめている。

 またね。
 また会っていいのか。
 また会えるのか。

 味がなくなりそうなくらい、いつまでもいつまでも噛みしめている。





 息せききりながらICを通す。


「たっだいま、戻りました!」
「おう」
「遅かったですね」


 あれ、大仏とつぶらしかいない。


「マッコイ室長とダンディさんは会議です。忘れちゃったんですか? 次のヒーロー試験もう近いでしょう」
「あー」


 なるほど。
 走る必要はなかったのか。
 鬼の居ぬ間に室長席へお邪魔する。液晶を操作すると今まで平面表示だった画面が一瞬の圧縮と画像乱れをともなって空中表示に切り替わる。飛び出す絵本のように立体表示されたZ市の市内。
 なんもない。
 平和。たいへんグッド。

 席へ戻って手に提げていたビニールを開く。買ってきたばかりのキーボードを接続するのにも鼻歌が混じる。

「すげえ機嫌いいな。にまにましててややキモい」
「しかもうるさいです」

 どうもりんこの周りには辛辣な奴が多い。しかしりんこのにまにまはおさまらない。
 仕方ないことだ。

 3年ぶりの再会だった。相も変わらずかわいい弟分。

 私、一言もオペレーターだなんていってないんだけどなー。

 指摘するのもかわいそうな凡ミスに、ついついりんこの頬もゆるむ。
 えへへ。

「かわいいなー」

「えっ!?」
「えっ!!」

 いや大仏つぶら、君達に言ったわけじゃない。「困ります俺にはつきあって一年になる彼女が!」「せ、せんぱいっておんなもイケるひとなんですか!? だからしょじょなんですか!?」うるさい。





 まだ握りしめている。
 一向に動き出さないジェノスの肩へ、ついにスズメがとまった。ちょんちょん跳ねて顔へ近づくと、見慣れない青年のオブジェをのぞき込んで首を傾げた。
 再起は遠い。


□ 最快哉、防具



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