Z市ヒーロー協会前、非怪人系災害時広域避難所にも指定されている大きな公園で、半ドンを終えた幼稚園児がキャーキャー遊んでいる。ヒーローごっこだ。
 アマイマスクが二人居るし、番犬マンの語尾が「わん」なのはご愛嬌だろう。


「そうですか、間違い……」


 はは、とこぼれる笑い声は乾燥しきっている。たいへんに申し訳ない。


「フブキ組の……あー、ええと、」


 いかんせんB級に上がってなおヒーローネームがないので、呼びあぐねた。
 目立つ活躍をすればヒーローネームは早くつけられるものの、彼はなんというか、地味だ。


「いいですよなんでも」
「フブキ組の方はなんて?」
「新入りとかお前とか」


 お詫びにと買った缶コーヒーを手持ちぶさたに弄びながらうつむき加減に子どもを眺めるスーツ姿、リストラサラリーマンっぽい哀愁である。


「早くつけてもらえると良いですね。えーと、クロブチメガネマン、は、ださいか。ブラックスペクタル……違いますねキャラにあってない。えーとじゃあ」
「いいんです」

 うん……たしかにセンスがひどい。自覚はある。
 ものすごい勢いでシャッターしめきられてさすがにりんこもちょっと落ち込む。そろりと様子をうかがう。あれ。
 あきれられているだろうと思ったけれどなんだか違う。眉間にはしわ、思い悩んだ目つき、さっきよりせっぱ詰まった顔だった。


「僕なんて大した特徴もないし、目につくような活躍もできない。誰がどうみたってその辺にいる崖っぷち社員だ」


 地獄の釜でも見るような目で缶ののみくちを覗き込んでいた。


「フブキ組に入ってからは余計に――奇跡的に上がれたB級からこぼれるのが怖くて、ずっと無理してきたけど、才能なんかないし、どうせ、」

「特訓黒スーツとか」

「は?」
「毎朝ランニングとか、筋トレとか、しているじゃないですか」
「えっ」
「ああでもアクロバティック白スーツさんが被るか……それなら、研鑽クロメガネ。あるいは修練レンズ」

 それからそれから、

「飛び込みクロブチ」

 トラックにひかれそうになった子どもを助けるために車道へ飛び込んでいった。結果としてはメガネがひかれて子どもは無事。

「メガネコマン」

 怪人から逃げそびれて負傷した猫を拾って、めちゃくちゃ苦労しながら里親を探してあげていた。

「見守りクロメガネ」

 近隣の小学校付近で怪人が出るとウワサがあって、PTAと共に児童の登下校の引率をやっていた。

「あっクロメガネ二回目だ」

 語彙が貧困でメガネが尽きた。そもそも、いくらなんでもメガネを絡めすぎだ。
 今度こそ呆れさせてしまったろうと横目でちら見し、


「……!!」

 !
 ……!
 …………!?

 口なんか半開きでメガネなんか斜めっていて、九割九分は呆れ顔だ。
 だというのにレンズの下、目の縁にたまる、でっかい水たまり。あくびだなんてごまかしは通用しない、いつこぼれるかわからない、誰がどう見ても涙だった。
 ――泣かせてしまった!


「あ、あああのすみません!?」

「あ、いや、そうじゃなくて、」


 そうじゃないんだと苦笑混じりに繰り返しながら明後日の方向に顔を背けた。
 フレームを押し上げた逆の腕のスーツをハンカチの代わりに、汗をふく雑さで目をこする。


「うん、大丈夫だよ」

 しかしりんこが涙目である。
 ひねり出した。

「……ハッ、ハイパーアルティメットイケメンメガネ!」
「フォロー下手だね」





「子供の頃にあこがれたヒーローになれれば、頭の中にいる自分に変われそうな気でいたんだと思う。でも僕にはヒーローの資質なんてないんだ。猫だって見守りだって、誰かが見てくれればちょっとポイント稼ぎになろうって打算でやっただけだよ」


 うそつき。

 ゴミ出ししていても買い物へいっても怪人に出くわすようなこのご時勢なのだ。
 対怪人インフラだって追いついちゃいない。少し昔よりも断然死ぬ危険が身近な世の中で、誰も彼も自分のことでいっぱいいっぱいで、
 誰が猫に気を回してくれる。
 誰が怪人遭遇覚悟で縁もゆかりもない地域の子どもを引率してくれる。
 打算だったなら、結局何のポイントにもなっていないことをなんで何度も繰り返す。


「あなたはヒーローです」


 断言する。
 こんな世界で他人に手を伸ばせる人が、名も、素性も知らない誰かの平和を守ろうとする人がヒーローじゃないはずがない。


「見ていたから知っています」


 ヒーロー試験に合格したから、なんて理由でももちろんない。
 水色のスモッグがまぶしい幼稚園児が「サイガイレベルカミだー!」と遊具のパンダを殴って倒した。そんなことできなくて良い。

 救おうとしている。助けようとしている。力になろうとしている。
 それがヒーローだ、ヒーローなんだっ。


「……」
「……」
「戻ります。さっきまでフブキ組の先輩とY市の巡回に出ていたんです」


 立ち上がってスーツのお尻を払った。ためらうような間を置いて、


「がんばります」


 ほとんどひとりごとだった、
 うすぼんやりとした頼りないほほえみを浮かべて、りんこに向かい腰を90度曲げる体育会系なお辞儀をする。フブキ組だなあ。


「ありがとうございました!」


 毅然と顔を上げて、ずり下がったメガネを中指で押し戻した。りんこに背を向け前を見据え、砂を固めたグラウンドを蹴って走る。

 公園を出る直前で顔だけで振り返り、首でぺこっとする。素のヘタレさ丸出し、すごくらしいお辞儀だった。
 後はもう振り向かない。怪人も怪獣も蹴散らす勢いで走る。

 元気になったらしい。
 よかった。
 くしゃみが出そうにギラつく太陽へ向かい、うんと背を伸ばす。お腹が鳴りそうだ。
 お腹。
 お昼。
 気づいた。


「はっ!」


 やにわにりんこも公園を飛び出した。
 とっくに小さな背中になったメガネの人の後を追って、ヒールをならしてひた走る。うわクソ早いさすがに毎日走り込んでる現役ヒーロー!
 疾走する背中へ向けて、叫んだ。


「待って! メガネの人待って!!」


 出前!
 出前もってちゃったよあの人!!

□ あだ名留め金



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