>> 28.キミのファンクラブ



一日の仕事を終えて、自宅に戻る。

「ただいまー」

誰もいない部屋に、俺は声をかけたりなんかしない。

「翔さん、おかえりなさいっ!」

鍵を閉めて靴を脱いでいると、スリッパをパタパタ言わせながら由衣ちゃんが廊下を駆けてくる。

「早かったんだねっ」

「うん」

結婚している訳ではないけれど、こういう会話は何だかくすぐったい気持ちにさせられて
表面上は平静を装っていても、実はかなり嬉しかったりする。

「はい、お土産。貰いもんだけど」

「えっ?なぁに?」

紙袋を手渡すと、由衣ちゃんの顔がほころぶ。
ありがたいことにこういう仕事をしていると、現場で何かにつけて物を戴いてくる機会が増える。

「開けてみなよ」

「うん!」

中身を知らないこともあるけれど、今日は何が入っているか知っている。

「わぁ!!翔さんすごい!これ松本さんから?」

「ご名答ぉー」

「嬉しい!これ、職場に持って行ってもいいかな?」

「どうぞ?それ全部あげるから」

「ありがとう!翔さん!!」

満面の笑みを浮かべながら、由衣ちゃんはメンバーがCMしているチョコレート菓子を両手に抱える。

そう言えば、俺がアイスクリーム貰って帰った時もめちゃくちゃ喜んでたよな……。

「QUOカード、応募しなくちゃ!」

「え?」

「松本さん、かっこいいー!」

「そりゃ、ね……」

かっこいいよ!
確かに松本くんはかっこいい!

それに異論は無いけれど。俺としては……ちょっと不満だ。

「あー、でもこれもし当たっても、もったいなくて使えないね!」

「…………そ?」

「そーだよ!あぁー、当たらないかなー。競争率すごく高そうだけど」

「どう、かな」

何ともやりきれない気持ちをかかえている俺をよそに、由衣ちゃんは楽しそうに箱を並べている。

「そうだ翔さん、ご飯は?」

「あ、要らない。風呂いってくる」

「んー」

心ここにあらずのような返事が気になりつつも、とりあえず着替えを持って俺は風呂に直行した。




**********




「ビール、ビールっと!……ん?」

短時間で入浴を済ませ、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
プルタブを開けまさに飲もうとした瞬間、彼女の後姿が目に入る。
どうやらタブレットの液晶画面を凝視しているらしい。

「由衣ちゃん?何やってんの」

「んー?松本さん見てた」

「はぁ?」

まだ何かやってんのか?
ビールを一口飲んで、由衣ちゃんの隣に陣取る。

「なになに?」

「当選人数が多い方を応募しようかと思ったんだけど、これ見て!!」

「うん?」

お菓子メーカーのサイトを開いて、そこに書かれているプレゼントの内容に由衣ちゃんは目を輝かせている。

「ボイスメッセージつきって凄くない?」

「……はぁ」

「衣装も似合ってるし」

「そ、だね」

うっとり、という言葉がぴったりくる様子で彼女は液晶画面の中の松本くんを見つめている。
俺……そろそろ苦情申し立ててもいい?

「すごいよねぇー、翔さんは」

「あ?」

突然、話の中心が俺になって少し面食らう。

「嵐のメンバーってみんなカッコよくて魅力的でしょ」

「ん……そう、なのかな」

グループ名を出されたら、おそらくその中には自分も含まれているのだろうから
自らその言葉を肯定するのは少々恥ずかしい。

「メンバー全員素敵なのに、世間の人気は翔さんが一番でしょ?」

「はぁ?んなことないだろ」

俺なんか全然及ばない面を、あの4人はそれぞれ持ってんのに。
何言ってんだよ。

「だって、恋人にしたい有名人1位だし」

「あぁ……」

そんなことも、あったっけ。

「いろんなランキングで見ても翔さんっていつも上位でしょ」

「そういう、統計が、出てることも……ある、ね、」

メンバーを褒められてると、嬉しいと同時に男としては少し嫉妬心が芽生えたりしてしまうけど。
こうも真正面から自分のことを褒めちぎられると居心地が悪くて仕方ない。

「そんなに褒められても、何も出ねぇよ?」

由衣ちゃんは、何かお願い事がある時に俺を持ち上げたりするようなタイプじゃないのは分かってる。
それでも、思わずそんな言葉が飛び出してしまうくらい今夜はべた褒めだ。

「んー?事実を言ってるだけよ?」

「そか?……てか、ほら。松本くんがカッコいい!って話だったんじゃねぇの?」

さっきまでの不満を全部棚に上げて、思わず松潤の話に戻してしまう。

「うん。そうだけど、画面の中の松本さんを見て“カッコいいなー”って思うよりね?あ、ちょっと頂戴」

「……ん?」

由衣ちゃんは俺の手からビールを奪って、くいとあおる。

「目の前にいる翔さんを素敵だと思う時間の方が大切だもん」

「あ。あり、がと、」

何かもう。
俺の完敗……なのか?

本人にそのつもりはないのかもしれないけれど
案外、うまいこと踊らされているような気もするな、俺。

「じゃあ……松本くんがこの景品くれるって言ったら?」

「何言ってんの翔さん。私がそんな物をもらえる権利あるわけないでしょ」

「あ」

そう、だった。
由衣ちゃんて、そういう子なんだよね。

「それに、そういうことができるんだったら、松本さんは私じゃなくてもっと大切な人にあげるべきでしょ」

「……だね」

じゃ……俺なら、いいのか?

「家族じゃないんだから」

「え」

「私、そういうことをしてもいいのは家族だけだと思うの」

「……そ?」

“俺がスポンサーからもらってきた物ならいいの?”と聞こうとしたのに、
質問するよりも先に答えが返って来る。

家族。か……

つまり今俺と由衣ちゃんはそういう面で言えば“他人”だから。
相手が俺でも無理ってことなんだな。

「ファンの人たちも、納得できるでしょ」

「あ……そ、だな……」

そっちの、視点なのか……。

俺に、『そういうことをしたければ早く家族にしてくれ』なんて思いは由衣ちゃんの中には微塵もなくて。
ただただ純粋に、アイドルとしてファンを大切にするとはどういうことなのか、俺以上に真剣に考えくれている。

そして“ファン”というフレーズで、ある思いつきが俺の中に生まれてくる。

「なぁ」

「んー?」

「俺もファンクラブの会員なんだけど」

「えっ?誰の誰の?」

予想通りの反応に、極上のスマイルをお見舞いする。

「由衣ちゃんの」

ウインク追加で、決まり。

「は?翔さん何言ってんの?私アイドルじゃないし」

「別に一般人のファンクラブがあってもイイだろ」

「そりゃそうだけど!でも!」

不満そうに訴えるのも、想定内。

「まぁまぁ。普通のファンクラブと違うのは、会員の募集は、ひとりってことな」

「ん?ひとり?」

「そう。つまり俺だけ」

「ふふっ、そうなの?」

「そうなの」

小さく笑い声が由衣ちゃんからこぼれて、
俺の話に乗ってきてくれたことが分かる。

「会費は、デート代と何か記念日のプレゼントでー」

「えー?それってずい分お金のかかるファンクラブじゃない?」

「そりゃもちろん、会員特典があるからね」

「……特典?」

「そう。こんな風にさ」

ふわっと、彼女を後ろから抱きしめる。

「由衣ちゃんを、独り占めできるのが会員の特典」

「んふふ」

唯一の特典だけど、内容は最高だろ?

「だからぁー」

「なぁに?」

「ファンは、大事にして?」

「……投資してる対価ってワケ?」

「なっ!そ、そうじゃねぇって!」

振り向きざまにいたずらっぽく笑われると、力をこめようとした手をゆるめてしまう。
うまいこと決めたと思ってたけど、どうも……俺の方が劣勢だ。

「ふふっ、冗談よ。なら私も翔さん個人のファンクラブ会員にしてくれる?」

「んー、事務所非公認だけどイイかな?」

「もちろん」

「年会費は、特別会員だから免除ね」

「え、ちょっと待って?特別会員じゃなくて、他にも会員がいるの?」

「んー?募集しちゃう?」

「ダメ!だって下手したらメンバーの方も入るって言われちゃいそうだもん!!」

「ふはは!それはねぇよ」

と言いつつ、あのメンバーなら案外悪乗りしそうな気もしてくる。

「心配しなくても、由衣ちゃんひとりだけだから」

「……ホントかなぁ」

「あれ?信じてもらってない?」

それは、心外だな。

「だって、翔さんのファンなんて、全国に何十、何百万っているんだよ?」

「そんなにいねえって!」

「いるって!大げさじゃないもん!」

「そ?」

「そーだよ!」

せっかくイイことを思いついたのに……
何だか、すっかり押され気味だ。

「分かったよ。んじゃ、事務所非公認の櫻井翔ファンクラブの会員募集は先着一名様限りです。どうされますか?」

「ハイ!申し込みます!」

「はい、ありがとうございますっ。締め切りましたぁー」

「んふふっ」

「ははっ」

ふたりで何やってんだ?という思いが突然こみ上げてきて
瞳を合わせて、小さく笑う。

「ちょっと、くだらねぇな?」

「ん。でも楽しい」

「じゃあ乾杯する?」

俺のビールも空になったことだし。

「いいよ。飲も飲も!」

「オッケ!」

冷蔵庫から缶ビールを2本出して、再びソファーに戻ってくる。

「はい!」

「ありがと」

「じゃー、ファンクラブ入会を記念して」

「それで良いんだ?」

「ん?そのつもりの乾杯じゃねぇの?」

「うん。そのつもり」

「だろ?なら、かんぱーい!」

「乾杯!」

互いの缶を、コツンと合わせてビールを一口飲む。

「くぅーっ。うめぇ!」

「翔さんて、ホント美味しそうにビール飲むよね?」

「ん?……普通じゃね?」

まぁ、美味そうに食う、とはよく言われるけど。

「これが一番の特典かなー?」

「へ?」

……何のことだ?

「翔さんが、幸せそうに美味しい物を食べてる姿を一番近くで見られること」

「んなもんが、一番なの?」

もっと、別のことがありそうな気もするけど。

「ダメ?」

「いや、ダメじゃねぇけどさぁ」

ヨコシマなことばかり考えてる俺と違って、いかにも彼女らしくて、おまけに高尚な答えだから。

何となく、悔しい。

「そんなもんじゃ、終わらないんですけど?」

「んー?」

「ほら。特典で付いてくんのは俺だから」

「……翔さんが?」

「そう」

缶ビールの中身を空っぽにして、右手で彼女の腰を引き寄せる。

「しかも、俺は由衣ちゃんのファンクラブ会員だし?」

「ふふっ。そう考えたらすごいね?」

「だろ?」

「先着一名様限りで、良かった」

「ふはは」

根は真面目だけど、こういうことにちゃんと乗ってくれるのが
由衣ちゃんのいいところ。

「翔さん」

「ん?」

「個人ファンクラブ、解散しないでね?」

由衣ちゃんが、そっと俺の肩に頭を預けながらポツリと呟く。
今の今まで普通にしていたけど……最近こんな風にじっくり話す時間、取れてなかったっけ。

「由衣ちゃんファンクラブが解散しない限りは継続しますけど?」

俺から、キミを手放したりはしないって。
もう忘れてる?

「解散、しない」

「なら大丈夫」

「……うん」

頷きながら返してくる声が、とても小さくて。
それは眠さのせいでも、涙腺がゆるんだせいでもないことは、ちゃんと分かってる。

幸せを感じているまさにその瞬間でさえ、これが刹那的なものに思えてくると
相手のことも自分自身も信じていても、不安な気持ちになってしまうものだ。

そしてそれが分かっているからこそ、隣にいる彼女が愛しくてたまらなくなる。

「早速……使ってみる?」

「なに、を?」

「会員特典」

「いつもと何か、違ったりするの?」

「いや、そこを追及されると困るんだけど」

「んふふ」

「愛情だけは、いつも以上で」

「……ん、」

ちょっと陳腐とも思えるような言葉だけど
決して嘘ではないから。

さらりと後ろ髪を撫でつけると、俺を見上げる由衣ちゃんの瞳は少し潤んでいて、

今夜は、やけに艶っぽい。

顔を近づけるタイミングに合わせて、閉じられた瞼にそっと口付けを落とせば
極上に甘い時間の幕開けとなる。

アイドルやってる以上、ファンがいるのは当然で、
それはものすごく有り難いことではあるけれど。

彼女の、たったひとりのファンクラブ会員という座の方が
今の俺には価値のあることのように思えてくる。

「ん……っ、」

艶めいた声と、俺だけに見せてくれるその顔は。

「可愛いよ」




――絶対、誰にも渡さないから。





-END-

何だか…こちらも妙に長くなりましたね……。
最近本編で色っぽい描写をしてなかったんで、ラストは、ちょっと甘めで。

ちなみに……若干著作権に引っかかりそうでどうなんだ?な感じですが、
槇原敬之「Fan Club Song」という曲を…かじっていたり。うん。

そもそも三次元夢書いてる時点でアウト!な訳ですが……ね。
アップテンポで可愛らしい歌です。
気になる方はどこかで探してみてくださいっ。


2013.11.09


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