>> 21.余計なこと、考えなくていいから


ふたりで同じ家にいるのに、別々のことをしていても大丈夫になったのは。
いつ頃からだろう?

「ごめん、どうしても今日中にやらないといけないことがあって」

「うん。大丈夫」

俺の家で待ってくれていた由衣ちゃんに、申し訳なさそうに言っても。
全然問題がないと言わんばかりに笑顔で返してくれる。

それはまぁ、付き合いが落ち着いてきた証拠でもあるし。
別に不満がある訳ではないんだけれど。
俺としては少し…物足りなかったりも、する。

しかし、だからといって明日行く取材の資料は絶対に今日読んでおかなければならないのは事実で。
彼女がその間何をしているのか気にしつつも、分厚い資料に目を通す。

「翔さん?」

いつの間にか資料に没頭していたらしく、彼女がすぐ側に来ていたことにも気付かずハッと顔を上げる。

「あっ、ごめん」

「コーヒー、どうする?こっちに持ってくる?」

「あ。いや。そっちに行く」

「ん」

何の資料なのとか、どこに取材に行くのとか、由衣ちゃんは一切聞いてこないけれど。それは別に興味がないからではなく、なるべく仕事の領域には立ち入らないよう彼女自身が何か決め事をしているようで、そうやって一線を引いてくれているところは男としては正直ありがたい。

しばらくひとりにして欲しい時はちゃんとひとりにしてくれて。
一緒に居たいと思う時は、居てくれる。
俺の都合で振り回しているようで申し訳ないと思いながらもそんな関係が、心地良いのも確かだ。

もちろん。
彼女が側に居て欲しいと願う時にはなるべくそれを叶えてあげたいとは思っているけれど、
今の状況は、間違いなく俺が甘えている側だろう。

一段落ついたところで部屋を出て、由衣ちゃんが淹れてくれたコーヒーをリビングで一緒に飲むことにする。

「まだまだ、かかりそう?」

「あー、うん。そうかも」

「そっか」

そんな会話でも、彼女はものすごく寂しそうな表情を見せることはない。
しかし、この部屋でひとり何をして過ごしていたのだろう?

「何やってたの?」

「ん?これ聞いてた」

「あ」

由衣ちゃんが見せてくれたのは、携帯プレーヤーと、先日限定発売された主にカップリング曲を集めた4枚組のCD。

「…買ったんだ」

わざわざ?
なんてことを、ここで口にしてはいけない。
彼女には彼女なりのポリシーが、あるらしいから。

「そう。知らない曲がいっぱいあって大変」

「ふふっ、そっか」

「昨日ようやく一通り聞けたの。長かったー」

「ふはは。60曲以上だもんな」

「この発表されたランキングとさ、私のランキングって大分違うんだけど」

「あーまぁ。好みはね、人それぞれだし。ちなみにどれが良かった?」

「ん?えっとね。1位は納得なんだけど……」

歌詞のブックレットを片手に、これが好きとか、あの歌詞が良かったとか、由衣ちゃんが力説する。
そして俺はその会話の中でふと、あることに気付く。

「ねぇ由衣ちゃん?」

「ん?」

「あのさぁ。好きって曲をけなすつもりはないんだけどさ」

「……なに?」

「今挙げたやつ全部失恋ソングじゃね?」

さっきから。
振られてひとりになった歌とか
寂しさを歌ってる曲とか、過去の思い出に引きずられてる曲とか。

そういうのばっかり入ってる訳じゃなかったでしょ?

「あーそうかも。でもさ、やっぱり幸せな時より恋が破れた時の方が歌になるのよ」

「そりゃ、まぁ」

否定は、しないけど。

「1位の曲だってそうじゃん」

「まぁーね」

完全に、別れの曲で。
男の方が若干未練を残してるっぽい感じのね。

「失恋ソングの方が名曲が多い気がするなー」

「いやだから、そうじゃなくてさ」

「ん?」

「この部屋でさぁ、失恋ソングに浸るのってどうなの」

「…ダメ?」

「いや。ダメじゃないけれども」

「翔さんと一緒に居られなくなった時にどれを聞こうか選んでるみたい?」

「えっ、」

ふふっと小さく。
由衣ちゃんは、笑う。

「まぁ、それも悪くないけど」

「ちょっ!何言ってんだよ!」

悪いけど。
その言葉には、意義あり。

「ん?」

「何で平気でそんなこと言うワケ?」

「翔さんのことを信じてない訳じゃないよ?」

「じゃあ、何なんだよ」

「人間万事塞翁が馬って言うじゃない」

「いや、まぁ。…そりゃそうだけど」

突然、故事とか引っ張り出してくるのは。
彼女が日本文学科卒のせいなのか?

「だからって!!」

「…んー?」

あっけらかんとした表情の彼女と、焦る一方の俺。
…何なんだよ、一体。

俺は自分のマグカップをテーブルに置いて、由衣ちゃんの手から俺と色違いのカップを無理矢理奪った。

「翔さん?」

何かあった?とでも言いたげな表情の彼女を力強く抱きしめて。
耳元で、言葉を搾り出す。

「余計なこと、考えなくていいから」

「うん。……ありがと」

そんな会話を交わしながら。
今度車でかける専用に別れの歌が全く入っていないオリジナルベストでも作成しなきゃと考えてることが。


一番余計なことなのかも、しれないな。


けどさ。
今の俺たちには…そんな曲。必要ないだろ?





-END-
時々こういうタイムリーなネタを書きたくなります。失恋ソングに名曲が多いのは事実だw

2012.10.15


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