>> 20.深夜の電話



深夜の帰宅は特別珍しいことじゃない。
しかも、次の仕事の始まりがお昼からと確認していると、
ついだらだらと家飲みまでしてしまう。

それが、ここ最近の俺の日常で。
今夜もふと目にとまったアナログ時計は午前3時になろうとしていた。
そんな深夜に、俺の携帯がけたたましく着信音を響かせる。

「こんな時間に……誰だよ」

ひょっとして身内に不幸でもあったか?とドキドキしながら覗いたディスプレイは
俺の家族でも、実家の一般電話でもなく。

恋人である由衣ちゃんの名前と番号が表示される。

「もしもし?」

『翔、さん。ごめんなさい、寝てた?』

「いや。起きてた」

心なしか、彼女の声が震えているように感じられる。
何か……あったのだろうか?

「どしたぁ?」

『うん、あの……ね、』

「ん?」

『…ううん。何でも、ない』

いやいや。
こんな夜中に電話してきて何でもないはねぇだろ?

「なに?気になんじゃん」

『うん…ちょっと…怖い夢、見て』

「えっ?」

『ごめんなさい。こんな時間に。もう、切るね』

「ちょっ!ちょっと待ってよ由衣ちゃん!!」

『…ん?』

「どんな夢?」

『えっ?』

「その夢。どんな内容だったの?」

あくまでも推測だけど。
俺がその夢の内容に絡んでるんじゃないかと思わずにはいられない。

普通にホラー的に怖い夢なら、もし俺に電話を掛けてくることがあったとしても
由衣ちゃんはすぐにその内容を語ってくれるハズだ。

『……ううん、いい』

「俺が出てきた?」

『えっ!』

「やっぱそうなんだ?何となくそんな気がしただけなんだけど」

『翔さんが。どっか行っちゃう夢』

「はぁ?」

小さな声で、彼女が夢の内容を語り始めるけれど。
アバウトすぎて意味が分からない。

『今までのことは、全部嘘でね?』

「え?うん」

『騙しがいがあって面白かったよなんて、楽しそうに笑うの』

「…はぁ」

『でね?』

「んー?」

『そう言えば……キミなんて名前だっけ?とかって』

「なるほど」

その夢の内容を思い出したのか、声にも少し涙が混じり始める。

こんなことがあったから。
つい夜中に電話を掛けてきてしまったと。

『ごめん、ね?』

「ん?何が?」

『だって、たかが夢の話でこんな夜中に電話してくるって…迷惑でしょ』

「大丈夫」

『今日はたまたま、起きてたからイイけど…もしも寝てたら』

「迷惑じゃないよ」

『なんで?』

「だって、俺に電話してなかったらさ。由衣ちゃんひとりで泣いてたんだろ?」

原因が夢でも。
そうなることは俺としては不本意だから。

『そう……かな』

「なら。夜中に電話することで泣かずに済むなら。俺はそっちの方がいいよ」

『翔、さん…』

電話の向こうで、彼女が声を詰まらせて。

…あれ?
結局泣かしてる?

「あ、ごめん。けど俺が知らないところで由衣ちゃんが泣いてんのは。やっぱやだな」

『迷惑……じゃない?』

「ふふ、完全に寝入ってる時電話かかってきたら気付かないかもしれないし。話通じないかもしんないけどな。それで良ければの話」

『うん。それでもいい』

「じゃあ。遠慮しなくていいよ」

『あり、がと…』

頑張り屋の彼女が、こうやって俺を頼ってくれるようになったのって。
案外最近のことのような気がして。

俺としては、やっぱり嬉しい。

「じゃ、せっかくだから俺からもひとつ」

『えっ?』

「会いたい」

『へ?』

「出来ることなら今すぐ」

『そんなコト言ったら…本当に押しかけちゃうから』

「いーよ。来て?」

『翔さん…』

「ね?早く会いたい」

『明日行くから』

「今すぐじゃねぇーの?」

たまには俺も。

『仕事帰りに、ね?』

「俺今日昼からの仕事だよ」

由衣ちゃんを困らせてみたい。

『もう、翔さんっ!!』

「なぁーに」

『本気で来て欲しいって思ってないくせに!』

「思ってるよ」

『へっ?』

当たり前じゃん。

「思ってるに決まってんじゃん。けど、俺んちからだと出勤大変になるから我慢してるだけ」

『……そう、なの?』

今初めて知ったというのなら。
俺もまだまだ、気持ちを伝えきれていないということなのかな。

「由衣ちゃんに、負担掛けたくないからさ?」

『…うん』

「仕事を犠牲にするような付き合い方はしたくないって……前に言ってたじゃん?」

『そう…だね』

俺も、その考えには賛成だしな。

「けど仕事を大事にしてるからって理由で。由衣ちゃんがひとりで泣いてるのを知らないのは。俺は嫌だ」

『……うん』

「だから。もっと、甘えてもいいよ?」

『甘えてるよ、十分』

甘え下手ではないかもしれないけれど。
由衣ちゃんは結構、人に甘えることを嫌がるタイプだから。

「甘えられて、嫌いになったりしねぇから」

『そう……なのかな』

「そ。程度にもよるけど、甘えられるのって嬉しいもんだよ」

『翔さん。ありがとう』

「大丈夫。そんなことより今から寝られそう?朝俺より早いだろ」

『あ…うん』

「じゃあ…明日の夜も多分遅いけど」

『翔さんに会えるなら。大丈夫』

本当にもう。
そんなに可愛いこと言うの、勘弁してよ。

「ん。待ってて」

『早く帰ってきてね?』

帰るもなにも。
仕事、行きたくなくなっちゃうだろ?

「可能な限り、早く帰るよ」

『うん。翔さん、大好き』

頼むよ由衣ちゃん。

「ん。俺も大好きだから」

俺が会いたくてたまらなくなってるのに。

『…ありがと。もう、切るね?』

「あぁ。…おやすみ」

『おやすみなさい』

静かに電話を切って。
彼女が今夜泣かずに済んだことにホッとするけれど。

俺が今。
どんなに会いたい気持ちを抱えているか…きっと知らないんだろうな。

それを知って欲しい訳じゃないから
直接言ったりはしないけど。

明日の夜はきっと。
ただいまよりも先に、彼女を腕の中に抱きしめて。
耳元で囁くことになるのだろう。


「すげぇ、会いたかった」


って。




-END-
直接会ってはいませんが、甘〜い感じが出てるといいなぁ

2012.09.30


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