― 堕天使は人間に恋をする ―
〜 V. Meet mystery people 〜
陽射しの光を沢山浴びた、
嗚呼、とても 懐かしい太陽の香り。
ここは 天国?
覚醒しきっていない意識の中で、薄らと目を開け、視界に映るのは。
「 … は、ね ? 」
例え 黒で塗りたくっても 染まらなさそうな 純白の大翼。
淡い輝きを放った 純白の大翼に、身を包まれている 温かい感覚。
( 寝ぼけているのだろうか。 )
ぼーっとする頭の中で、
ゆっくり目を閉じては、また開ける。
次に視界に映るのは、大翼など無い 青年。
「 おめぇ、大丈夫か? 」
名も知らぬ青年は、顔を覗き込んでくる。
淡い蒼色の瞳。
淡い蒼色の頭髪。
山吹色の胴着に包まれた青年からは、想像も付かない程、神秘的な美しい男だ。
男に 美しい、と云う表現もおかしい話だが、
青年には 美しい、と云う表現こそが合っている程、美を秘めている。
その美しさに 魅了され、黙り込んでいれば、
青年は 不審に思ったのか、無遠慮に顔を近付けてきて、
あまりの至近距離に、”きゃっ ”と短い悲鳴を上げ、青年を押し退ける。
「 …っ、いってぇなー 」
「 お、おめぇ 誰だっ?!
一体、おらに何のようだべっ?! 」
「 え、っと、用があったわけじゃねーんだけんど、おめぇが落ちてくるのを見て、それで …、」
「 あっ、そうだべ …。
なして おら 生きてるだっ?! 」
谷底に身を投げた筈なのに、死は愚か、怪我をした形跡もない。
ただ 僅かに身体が濡れているというだけで、至って変わった所はなかった。
慌てふためいている時、
次に聞こえてきたのは、青年の笑い声。
高らかに大声で笑う青年に、思い切り眼を飛ばす。
「 な、何 笑ってんだべっ?! 」
「 ひゃ〜、つい おかしくてよ。
おめぇ さっきまでオラの顔見て、悲しそうな顔してたくせに、いきなり 突き飛ばして、怒って、
次は何起きるのかなーと思ったら、すげぇ慌て出して 面白くてなー。」
淡い蒼の双眸に 涙の膜を張り、腹を抱え 笑い転げている青年。
まるで、百面相の芸でも披露して、
それに笑い転げているとも取れる青年に、羞恥を覚え、顔から火が出そうな程 熱くなる。
「 はは、今度は真っ赤だぞー? 」
「 う、うるせぇだ!
それに おらは おめぇの顔見て、悲しい顔なんて してねぇ! 」
「 … ん ? 違ぇの ? 」
一瞬にして、笑う事を止める青年。
貴方の方こそ 百面相ではないか、
と心中で悪態を吐きながら、青年へチラッと視線を投げる。
無垢な曇り無き 蒼の瞳に 射抜かれ、思わず 心臓が高鳴った。
「 … おめぇが、」
「 オラが? 」
「 そ、その …、」
「 なんだよ? 」
「 … き、綺麗だなーって 見惚れてただよ …、」
羞恥心が身体中を走る様に駆け巡り、グッ、と掌に掻いた汗を握る。
静寂な聖夜に、言葉が返って来ない 沈黙。
自分の息遣いだけが やけに響いて、
耐え切れず 青年を見れば、驚いた様に 双眸を見開かせていた。
しかし視線が絡み合った瞬間、彼は 色白の透き通った頬をほんのり紅色に色付かせ、優しい笑顔を浮かべたのだ。
「 そうやって云ってくれたのは、おめぇで二人目だ。」
目を細め、嬉しそうな 優しい笑顔。
彼を神秘的だと思うのは、
美しいと魅了させられるのは、
きっと、この美し過ぎる景色の所為だと、無理矢理 思い込んだ。
そうでもしなければ、
この名も知らぬ青年に、心を奪われたのだと認めてしまいそうで。
「 おめぇ、名前は? 」
「 … 人にものを尋ねる時は 自分から云うべきだべ? 」
「 へぇ、そういうもんなんか。
オラは、孫悟空だ。」
孫、悟空 …。
懐かしい香りに、
懐かしい名前な気がするのは、気の所為?
「 さぁ、オラは答えたぞ、次は おめぇの番だ。 」
「 おらは チチって云うだ。」
「 …… チチ、か、」
悟空と名乗った青年は
チチの名を聞けば、眉を顰めたと思ったのは一瞬。
聞き取れない程の小声で 何かを呟いて、嬉々とした笑顔を浮かべていた。
「 … じゃあ、チチ。
聞くけんど、何で 死のうとした? 」
「 …… っ ! 」
痛い所をついてくる。
チチは 苦虫を噛み潰したかの様な 重苦しい表情を浮かべ、
悟空は ただチチの次の言葉を待ち構えた様に、真っ直ぐに見詰めている。
死を覚悟した理由 ―― 。
「 …… おっ父が 死んじまったからだべ。」
「 あぁ …。悪い事 聞いちまったな。
でも、それと これとは 話が違わねぇか? 」
「 寂しくて、耐えられなかっただよ。
おらん所はな、おっ母が おらを産むのと引き換えに死んじまって、おっ父が育ててくれてただ。
それなのに …。
… だから、おらも死んじまえば、おっ父とおっ母に会えるんじゃねぇかなって、」
語っている内に思い出したら、
枯れ果てたのだとばかり思っていた涙が、また溢れてきた。
父は病に倒れ、先日 亡くなった。
それは悲しみの始まりとも云える。
母親が居ない分 寂しい思いをさせない様に、と
父には 十分過ぎる程の愛情と情熱を注がれ、母が居なくても ちっとも寂しいとは思わなかった。
その父は 昔盗賊だったという事もあり、財産である財宝を売り払っては、チチに使い、
それでも有り余った財産を、どの様に使ってもいいから 楽しく生きろ、と云い、この世を去って行った。
残された財宝で 今まで苦労は無かった。
けれど、金では 愛情を買えない。
金では 孤独の寂しさを拭えない。
そんな思いから、時間が経つ毎に耐え切れなくなり、今回の様な事を招いた。
「 チチ、」
すっ、と伸びてくる 鍛え上げられた 透き通る程の白い腕は、いつの間にか チチの頬に触れ、涙を掬う。
反射的に身を強張らせたものの、
伸びてくる腕の先に居る悟空に視線を手繰らせれば、
彼は 泣いても居ないのに、自分の涙より痛い、まるで泣き叫んでいる様な 悲しい表情。
「 …… なっ、」
「 オラも 両親 居ねぇんだ、」
「 … えっ? 」
何、と問う寸前に
聞こえてきた、彼の切ない声。
チチの涙は一瞬で止まり、悟空を見張る様に 見詰める。
「 オラの父ちゃんと母ちゃんは、とにかく 身分が違い過ぎたんだ。
それでも父ちゃんと母ちゃんは二人で居る事を選んで、国から追放されて、悪魔に処刑されたんだって。
オラは二人に守られる様にして、そこに居たらしいんだけど、なんせ 赤ん坊の時だったから覚えてねぇんだ。
でもさ、それを 聞かされた時は、流石に落ち込んだんだ。」
「 そう … だっただか、」
笑顔がよく似合う彼だからか、
そんな過去を背負っていたなどとは思いもせず、正直 驚いて 動揺した。
「 でも、オラ 今はちっとも寂しくねぇんだ。」
じゃあ、どうして そんな風に笑うの?
涙よりも痛い、崩れた笑顔で 必死に笑顔を作るの?
チチは一筋の涙を伝わせながら、何度も涙を拭ってくれる悟空の優しい手の上に、自分の手を重ねる。
そして、彼と同じ様に、
胸が引き裂かれる様な 痛みを上げているのに、何でもない振りをして 笑って見せる。
「 ものすっごく、寂しそうな顔してるくせにだか? 」
「 んー? そうかー? 」
「 んだ、おらと同じ顔してるだ。」
「 あっちゃー …。そりゃ まずいなー。」
この男は、本当に 不味いと思っているのか、
そんな疑いを覚える程、ケラケラと悲しみの色を消し、笑っていた。
百面相なのは、どっちの方だか、
悟空を真っ直ぐ視界に捉えたまま、逸らしはしない。
「 … ま、まぁ、寂しくねぇってのは 云い過ぎたけどさ、全然 平気なんだ。
今は 仲間が居っからな。おめぇは? 」
「 仲間 … か、おらには 居ねぇだよ。
おっ父は昔 盗賊でな? 娘のおらは未だに怖がられてるだよ。
こうやって まともに話したのは、おっ父以外で悟空さが初めてだべ。」
仲間なんて 呼べる程 親しい人間は居ない。
村の皆は愛想笑いで、心底 信用出来る人なんて居なかった。
そんな現実からも逃げたかったのかもしれない、と 今 思う。
「 そっか、」
「 んだ。」
「 なら、オラじゃ 駄目か? 」
「 … えっ? 」
彼は、何処までも 真っ直ぐな人だと思った。
優しくて、
温かくて、
まるで、天使みたいな人だと。
チチの手を取る悟空は 指を絡めて、握り締める。
まだ知り合って間もない男に、こんな事をされたら、振り払うのが当然な筈だが、チチは そうはしない。
この温かさに触れていたい、
そう思ったから。
「 … オラ、この時間なら 抜け出して来れっからさ、」
「 うん、」
「 チチの傍に居るからさ、」
「 うん、」
「 オラの為に生きて、死なねぇでくれよ。」
そう云う 彼の瞳は、直視し続けていたら、
焼け爛れてしまうのではないか、と思う程、熱くて 真剣で。
でも、目を逸らせなくて、逸らしたくなくて。
小さな笑みを零しながら、”貴方がそれで笑ってくれるなら ”と云ったら、
彼も同じ様な笑みを返してきて、”お前の為に笑うよ ”なんて 甘い恋人同士の様な台詞を吐いて来た。
嗚呼、これは 何かな。
未体験な 温かい気持ち。
貴方に会った時から、ずっと鳴り止まない。
胸の奥が 溶けてしまいそうな程 熱くて、ドキドキしてる。
貴方と出逢ったのは、本当に これが初めてでしたか ?
2016.03.15
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