― 堕天使は人間に恋をする ―
〜 U. Gear mad 〜
下界へ降りた 悟空は、
天使の象徴とも云える 純白の大翼を 羽ばたかせていた。
天界では、翼が無くとも 自由自在に飛ぶ事が出来るのだが、
下界では、翼を生やさなくては 飛ぶ事が出来ない。
勿論、下界で飛ぶ事を望まないのであれば、自分の中にしまう事も出来るが、見回りの場合 翼は必須だ。
「 しっかし、下界ってのは 暗いんだなー。」
初めて体験する 夜の暗闇と云うものに、感心してしまう悟空。
天界には、定めにより 夜の時間帯はあるものの、
夜だからと云って 空が暗闇に染まるなんて事はなく、太陽の陽射しが 降り注ぐ所だ。
そんな闇夜に吸い込まれるかの様に、山々に囲まれた谷底へ 降り立つ悟空。
「 … へぇ、ここは 割と明るいなぁ。」
谷底から見る景色は、
上空から見る景色とは まるで違っていた。
視覚に広がるのは、湖と云う程の大きさではないが、深い池。
日が昇っている内であれば、きっと 底が覗ける程 水が透き通っているに違いない。
それ程 透き通る池に反射され 映し出されるのは、神々が何光年も掛けて 創り出した星々と 三日月にも満たない 上弦。
聴覚を占めるのは、
池の小波、風に靡く葉が擦れ合う音、虫の鳴く 囁かな声。
臭覚を刺激するのは、
澄んだ 水や土や木々の自然が生み出す 様々な香り。
谷底は闇夜だと思っていただけに、この光景には 驚かされた。
「 やべぇ、綺麗だな …。」
神秘的な光景に、目を奪われ 魅了させられる悟空。
改めて、神の偉大な能力に圧倒させられる。
神秘的なこの光景を作り出したのは、神だ。
神の後継者だと謳われる悟空だが、
このような力はあるのか、鍛錬を重ねれば創り出す事が出来るなどとは信じ難い事。
それに、神秘的光景を目にするのは好きだが、創造する事が関わってくると、話は別。
創造は苦手分野でもある上に、どのようなものを創ればいいのか 分からないのだ。
( 神には なりたくねぇな )
ポツリッ、と 心中で 本音を呟く。
神になど、なりたくはない。
皆の期待を裏切るような事はしたくないのだが、神になるのも、真っ平御免だ。
光景に見惚れながら 考え込んでいれば、視界に映していた池に 人影が映り出す。
映り出した方向に目を向けると、谷の上に立つ、一人の少女。
「 あんな所で、何してんだ? 」
彼女から見る景色は、
きっと こんな神秘的な光景が広がっているようには 見えない、深い谷の暗闇。
嫌な予感がして、緊張が身体中を駆け抜けた。
『 ――――。 』
彼女の声が聞こえないのは勿論、表情も よく見えはしない。
しかし、確かに そう呟いた。
口元が、確かに そう動いた。
―― さよなら。
悟空が 固唾を呑んだ瞬間、
彼女の身体は 重力に逆らう事無く、谷底に落ちてくる。
「 … マジかよっ! 」
そう 叫んだ時には、
もう 天使である身分も忘れ、大翼を生やす。
ふわりっ、と宙を舞っては、静かな水面を揺らし、彼女を抱き留めたが、
「 おわっ、! 」
重力に逆らう事無く、落ちてきた生身の人間の身体と云うのは、
想像以上に重く、予想を反した重力に、悟空は 彼女を抱えたまま、水面に背を叩き付けられる。
「 …っつ、」
重力に逆らう事無く、
水面に叩き付けられた背は痛んだものの、
衝撃で 少女を手放してしまった事に気が付いた悟空は、目を見開く。
( 何処だ?! )
衝撃のまま、深い池に沈んでいく身体を 立て直しては、
水中で目が慣れ切っていないものの、辺りを見渡す。
少女は意識を失っているのか、酸素を吐き出しながら、池の遥か奥底に 引き寄せられる様に 沈んでいく。
天使の身分、悟空は水中だろうと地上だろうと、
例え、酸素がない 宇宙であったとしても、呼吸出来るが、
人間の彼女は、水中での呼吸は 不可能だ。
悟空は羽根を羽ばたかせながら、水中を泳ぎ、伸ばした腕で 彼女の手首を掴み取る。
何故、この時 力を 使わなかったのか、
何故、口付けで酸素を送り込んだのか、
未だに、よく解らない。
それは、まさに 酸素を送り込む為に、口付けた瞬間 ――。
( 嘘だろ …。 )
流れ込んでくる。
激流に呑まれたかの様に。
初めてだ。
己を心底 恨んだ。
神の力を持ったこの能力を呪った。
この時、この瞬間から、始まっていたんだ。
天使としての歯車を狂わせた、
運命の人との出会いの瞬間でした。
2016.02.17
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