― 堕天使は人間に恋をする ―
〜 W. Entwined fata 〜










 「 孫君、ちょっと来なさい。」



 山吹色の胴着に身を包み、
 昼間だと云うのに、眠っている悟空を叩き起こす。


 最近の彼は、おかしいのだ。

 今までの悟空であれば、
 この時間帯、腹を空かせて昼食を取っているか、腹が減ったと騒ぎ立てているかのどちらかだ。



 「 なんだよ、ブルマ。」



 叩き起こされ、未だ睡魔の中 覚醒しきっていない虚ろな意識の当本人は、
 呑気に大欠伸をしながら 眠たそうに目を擦っている。



 「 いいから、来なさい。」



 真剣なブルマにやっと気付いたのか、
 悟空は 無言のまま ベッドを抜け出し、立ち上がる。

 ブルマが案内し、呼び出したのは、クリリンの部屋だった。



 「 何なんだよ? 」

 「 いいから、入ってちょうだい。」

 「 ったく、朝から騒がしい奴だなー。」



 悪態を吐く悟空は、またもや大欠伸をしながら、
 大人しく 云われた通りに、クリリンの部屋へ入ると、そこにも 真剣なクリリンが居た。



 「 オッス、クリリン。」

 「 あ、あぁ、おはよう、悟空。」



 動揺するクリリンを見て、
 悟空は 不思議に思いながら、床へ 胡坐を掻き 座り込む。

 ブルマは扉の鍵を閉め、その扉へ寄り掛かる様に、クリリンはベッドに腰掛け、
 何も云い出さない 重苦しい沈黙が 部屋を包み込んでいた。


 堰を切らしたのか、先に口を開いたのは、クリリンだった。



 「 最近のお前、以前と様子がおかしくないか? 」

 「 ん? 何が? 」

 「 ここ最近、昼まで寝てるしさ、特訓も怠ってんだろ? 」

 「 んー、オラ そんなつもりはねぇけんどなー。」



 とぼけているのか、
 ただ単に 自覚がないのか、
 どちらにしろ、このままでは 時間が掛かってしまいそうだ。

 ブルマは意を決した様に 咳払いをし、振り返る悟空を 真っ直ぐ視界に捉える。



 「 聞くけどさ、
   アンタ、夜 抜け出して、何してるわけ? 」



 その問いに ここに来て 今日、
 悟空は 初めて、はっきりと 驚いた様に 目を見開き、動揺を見せた。
 しかし、それ以降、グッと掌を握る仕草を見せただけで、何も云い出そうとはしない。


 堰を切らした ブルマは、その足で悟空に歩み寄った。



 「 黙ってないで 答えなさいよっ! 」



 頭に血が昇ったのか、
 圧巻してしまう程の 激しい怒りを悟空にぶつけた。


 ブルマの腕は悟空の胸倉に掴み掛り、
 悟空は何の抵抗もする気がないのか、ブルマのされるがままに 床へと打ち付けられた背中。

 尚も ブルマの怒りは治まらず、沸々と湧き上がる怒りから、薄らと瞳に 涙の膜を張る。


 しかし、悟空は 全く動じなかった。
 逸らす事なく 真っ直ぐブルマを捉えた瞳は、
 先日までの幼さはまるで無く、それでいて澄んだ瞳は やはり彼のまま。



 「 ブ、ブルマさん、一旦 落ち着いて …
   もしかしたら、俺達の勘違いかもしれないんだし。 」



 何も云う事のない悟空に情けを掛け、
 冷静さを失ったブルマを止めに入ったのは、クリリン。

 溢れんばかりに溜め込んだ涙が零れ落ちぬ様、ブルマは瞬きする事なく、
 クリリンに制止を掛けられた事により、悟空へ掴み掛っていた手を離したブルマは悟空への馬乗りを止め、床へ腰を着く。
 またクリリンも同様に床へ腰を着ければ、黙って 体勢を立て直し、再び座り込む 悟空を見詰めた。



 「 … 悟空、冷静に聞いてくれよ。」

 「 あぁ。」

 「 俺とブルマさんはな、
   下界で、お前と人間の女の子がいるのを見掛けたんだ。」



 先日 天使として認められたばかりの悟空とは違い、
 クリリンとブルマは、何百年と云う時を生き、天使としても 優秀だ。

 その為、使命も多く 抱えており、下界へ行くのは 日常茶番の出来事。

 そんな中、クリリンは 一度。
 ブルマは 三度、悟空を見掛けていた。


 勿論、神の掟により むやみやたらと下界へ降りれば、罰が下るものの、
 天使に成り立ての時期は、下界へ降りる事を 咎められる者は そうそう居ない。
 人間で云う社会勉強と同じで、天使にとって下界へ行く事も その内の一つとされていたからだ。

 クリリンもブルマも、ただ悟空が下界へ降りるだけなら、何ら咎める事はなかった事だろう。


 しかし 目にしたのは、
 天界において、重罪の一つである 掟破りな行為だった。


 悟空が 谷底に隠れ、人間の女性と 逢瀬を交わしていた。

 悟空からして、異性である女性との逢瀬は、
 恋愛感情が生まれてしまう危険性がある為、固く禁止され 許される行動ではない。



 クリリンの真剣さとは、正反対。
 悟空は ははっ、と 呑気に笑って見せた。



 「 何だー、そこまで バレちまってんのかー。
   いやぁ、参ったなぁ。」

 「 お、お前なー …。」

 「 孫君っ! 」



 呑気に笑い声を立てる悟空に、
 クリリンは 呆れた様子で、ブルマは 怒気交じりに 怒鳴り付けた。

 しかし、一瞬で その笑い声も止まる。

 訪れるは、沈黙だったが、
 悟空は いつになく真剣な表情で、クリリンとブルマを交互に見詰めた。



 「 … おめぇ達は 信じるか? 」

 「 何を? 」

 「 何をよ。」



 悟空の問いに対し、クリリンとブルマの声は 重なった。



 「 … オラ、恋してる。」



 僅かな沈黙の後、彼は そう云った。

 有り得ない程 冷静沈着な悟空は、
 嘘を吐いている訳でもなく、ただ静かに そう告げたのだ。


 ―― 掟破りだと知りながら。


 悟空の声と共に発された言葉の意味を理解した、
 ブルマとクリリンは、想像していたにも関わらず、予想以上に驚き、目を見開かせた。

 何処かで勘違いであってほしい、と願っていたからかも知れない。


 すぐにでも切れそうな理性の糸を紡ぎながら、口を開いたのは ブルマだ。



 「 一応、殴る前に 聞いてあげるわ。誰に? 」

 「 人間だ。」



 ブルマの問いに対し、
 何ら、迷いも躊躇いもしないかのような 悟空の即答。


 次に部屋に響き渡ったのは、パンッと 一つ 乾いた音。

 ブルマは無遠慮に、悟空の頬を平手打ちした音だけが響いた。



 「 …っ 、」



 避ける事は愚か、身構えもしない悟空は、きっと 受容する気なのであろう。

 透き通った白い右頬は、平手打ちにより 見る見る赤く染まっていくが、
 痛みに声を上げる事も無ければ、身を乗り出してくるブルマを、悟空は躊躇する事無く 見上げた。



 「 アンタ…。
   アンタって奴は…。バ―ダックと同じ道を辿ろうって云うのっ?! 」

 「 ……。」



 悟空は 何も云わない。
 否、云えなかったのかもしれない。


 決して、ブルマが怒っているわけではない、と悟ったから。

 彼女の声は、悲痛な程 悲しみの含んだ声。
 彼女の表情は、今にも泣きだしそうな程 痛々しい顔。



 「 貴方は 天使なのっ! 馬鹿なアンタにだって それくらい分かるでしょ?!
   何故、天使が人間を選ぶのよっ!
   親子揃って、人間に恋して、どうして掟に逆らうのっ?!
   答えなさいっ!……えてよ。」



 最後の方のブルマの声は、
 涙声で、何を云っているのか 分からない程、隠し切れなくなった涙で頬を濡らしていた。


 人間に恋してるとは云え、悟空も男だ。
 女の涙には弱く、動揺し 困惑したのは事実で 目を泳がせていた。


 そこで、今まで 黙り込んで状況を見守っていたクリリンが、ブルマをベッドに座らせ、悟空と顔を合わせる。



 「 なぁ、悟空。」

 「 ん? 」

 「 頼む、お願いだ。
   人間だけは …。人間への恋だけは 辞めてくれ。」

 「 ……んー、」

 「 諦めてくれ、悟空。」



 クリリンの声は、悲願だった。


 ブルマとクリリンは、嘗て バ―ダックと同世代を生き抜いた天使だった。
 共に 下界の事を語り、笑い合い、良き仲間として 数百年間 離れる事はなかった。

 そして、これからも そんな日々が続くのだろう、と思っていた矢先の出来事だった。


 ―― バ―ダックが 人間に心を奪われ、堕天使に降格した。


 そう、聞いたのは。

 嘘だと思った。
 何かの間違いだと。


 しかし、現実は 残酷な程 真実を貫いた。


 バ―ダックは、元々 金髪に碧眼と云う美貌を映した姿であった筈なのに、
 そこに居たのは、漆黒の頭髪に 漆黒の瞳、そして 天使特有の煌びやかな純白の翼は、光を射さない漆黒に染まっていた。

 最後に、バ―ダックは 相変わらずと云った 不器用な笑顔を見せ、何も語らず 天界を飛び去った。

 それこそが、ブルマとクリリンが見た、バ―ダックの最後で、
 次に 聞かされたのは、バ―ダックが 人間と共に 悪魔に処刑された、と。



 悟空の性格こそは、バ―ダックに似てないものの、
 容姿は バ―ダックの生き写しだとも云える程、美を秘めた 蒼き天使。

 その悟空が今、彼と同じ道を辿ろうとしているのだ。


 重ねたくなくても、重なってしまう。

 黒き堕天使と成り果てたバ―ダックを。
 不器用な笑顔を見せ、去って行った あの背中を。



 クリリンは 僅かな望みを託しながら、”諦めてくれ ”と もう一度 繰り返した。

 しかし、悟空は 重苦しい、
 悟空には、下手過ぎる笑顔を 作った。


 まるで、二人が最後に見た バ―ダックの顔を知っているかの様な、よく似た 不器用な笑顔。



 「 クリリン、ブルマ、すまねぇな。」



 悟空の姿が、バ―ダックにしか 見えない。

 あの時のバ―ダックは、
 今 目の前に居る悟空と同じ台詞を云いたいが為に、振り返ったのではないだろうか?

 そんな思いが脳裏を占めたが、次の悟空の言葉に 息を呑んだ。



 「 オラ、諦める事なんて 出来ねぇよ。」



 グッ、と 握られる 悟空の掌。



 「 諦められるなら、とっくに諦めてるさ。
   でも、出来なかった。
   アイツはさ、―――――――― なんだ。」



 天使と人間の子として産まれた 彼は、
 誰よりも 才能に優れた能力を秘めた、蒼き優秀な天使でした。

 しかし、その能力により、得たものは。



 「 … 何で、そんな 能力持ってんのよ。
   この、馬鹿な次期堕天使が。」



 ブルマは泣きながら 必死に吐いた、愛情ある悪態。









 彼の優秀な能力は 残酷な結果を招いた。


 再び、混じり合った運命は、
    偶然ではなく、それは必然的な 運命の赤い糸。





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堕天使は人間に恋をする
〜 W. Entwined fata 〜






2016.02.○○




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