違う人 3.0
憂いを帯びている女性はキレイだ。
科学的根拠もないし、個人差もあるのは間違いないのだが、なんだかちゃんはキレイになった。
悲しくてキレイになるなんて、俺の目がおかしいのかもしれない。
今は数十人でT-38の部品の変更と効果について話がされている。
もう15分くらいになるだろうか。
全く耳にはいってこない。
動かせばわかるだろうと思っていた。
もちろんもう動かすことはないかもしれないけれど。
視界にちょうどちゃんがいて話どころではない。
少し目を細めたり
わざわざ右の手で左の耳のピアスを触ったり
落ちた物を拾う時だって
どれもエロく感じられてしょうがない。
こんなに彼女の仕草は「女性」を思わせるものだっただろうか。
俺の目がおかしいのかもしれない。
ついでに頭のネジも一本どっかにいったのかもしれない。
先日のことが過る。
過っては、朝腫れた目で一生懸命笑っていたのを思い出す。
下着におしりの丈までのカーディガンを羽織っていた彼女は官能的だった。
その日は一日中くっついていた。
どれだけ傍にいても、ちゃんは何も聞いてこなかった。
ちゃんも彼の事を話したりはしなかった。
むしろ週末あたりの献立を相談された。
メモをとるほどのものでもないのにちゃんは何かを書いている。
その伏せられた長いまつ毛から落ちた涙を知っているのは俺だけだ。
誰にも話していない。
お気に入りのマグカップにコーヒーを注いだ時のような、ここにしかないようないい位置が心の中にあった。
ちゃんはどうだろうか。
そんな隙間が心にあっただろうか。
罪悪感だったり背徳感に耐えきれず、溢れた分だけ誰かに話しただろうか。
例えば今近くにいる紫さんとか。
あるいは女性の、そうだな、木崎さんとか。
昨日遠目で見つけた時、その木崎さんと一緒にいた。
会話こそ聞こえないものの、ちゃんは至って普通で、笑っていた。
笑っては木崎さんにくっついていた。
そうだな、変わったかもしれないところは、彼女はこんなにくっつきだかりだっただろうか。
…
話が終わり、ちゃんは近くにいた紫さんと話ながら歩いていた。
それを少し後ろから見ていた。
「なにメモってたの?」
「ん?これ。教官の似顔絵」
「…芸術的ー」
なんら変わりない、よく笑ういつものちゃんだ。
ちゃんが何か落とした。
紫さんが歩いていた方ではなかったから、気付いていないようだった。
俺がそれを拾い上げた頃に、ちゃんも自分の手元にないことに気付いて振り返る。
落としたものはハンカチだった。
淡いグリーンでチェック柄。
それを持っていることに気付いて近寄ってくる。
渡す時に
「俺が拾わなかったらどうするつもりだったの?」
小さな声で聞いた。
ちゃんがわざと落とした事に気付いていた。
わざと紫さん側じゃない方から落としたことも、確信は得られなかったがきっとそうだろうとわかった。
ちゃんははじめ、驚いた顔をしていたが
「あれだけ見られてたら拾ってくれると思うよ」
そう小さく言って笑った。
日々人の手からハンカチを優しく取って
「ありがとう」
と踵を返した。
そこで紫さんが寄ってきて「よーニンジン食べてるかー」と来た。
来るなり俺の異変に気付いて「…どした?」と不思議そうな顔をしていた。
顔が赤かったのだろう。
顔が熱い。
見ていたことにいつから気付かれていたのだろう。
目は合っていないはずだ。
ここ数日、目で追っていたことも気付かれていたのだろうか。
ちゃんは近くで見たら目が赤かったし、クマがひどかった。
誰もその異変に気付いていないのだろうか。
もしくはちゃんがうまく振舞っているのかもしれない。
俺の目がおかしいのはそこに優越感があるからだ。
ここ数年知っていたちゃんとは違う彼女は誰なのだろう。
知っているちゃんより数千倍あざとくて、官能的で、女性だ。
「誰だよあいつ」
そう口の中で小さく呟いた。
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