違う人 2.0


「ごちそう様でした。美味しかったよ」
「お粗末様でした」
とにっこりした。


ちゃんが元気がない理由は彼氏絡みなのだろう。
聞くには少し気が引けたので聞かなかったが。

洗い物をするのだろう、また台所に立つちゃんの横に立つ。
「手伝うよ」
と言うと
「じゃあ甘えよう、ありがとう」
とにっこり笑った。
本当によく笑う。


ちゃんがスポンジを持って洗う係で日々人が泡を落とす役だ。
ちゃんは伏し目がちに食器を眺めながら、手を動かしながら、話し出した。
「今日ごめんね、変なこと言って」
「ちゃんがセックスとか言うの想像できなかったよ」
「そんなストレートに言ってないし」
と笑う。


笑いながら日々人の腕に泡を付ける。
「あわあわ攻撃ー」
尚もあわあわーと言うちゃんに
「フラれた?」
優しく優しく聞く。
いつかのハイタッチみたいに優しさが込められていた。
ちゃんは困ったように笑って泡が付いたままの手で上を指す。
「うん、永遠に」
こちらを向いたかと思うと目を合わせて「うん」と軽く微笑む。
本当に軽く、重さにすると3グラムくらい。


また食器を洗いはじめる。
「5日前のさ、飛行機の事故知らない?
日本での事故だからさ、こっちではほとんど報道されなかったんだけどね。
ほとんどの乗客が助かる中、彼はダメだったの。
運が悪いよね。」

「本当に、運が悪い」と繰り返した。


食器は洗い終わってスポンジを濡らしては手で握っての繰り返しをしていた。
「今大事な時だからさ、お葬式どころか日本にも行けてなくて」
「本当は行きたくなくて」
「実感がまだわかなくって」
「昨日が誕生日だったからさ、来るはずだったし、ついケーキ買っちゃって」
「バカみたいだよね」
1つ1つを狭い台所のどこかに置くように話す。


スポンジをいつもの位置であろうところに置き、日々人がちゃんの方を見て手が動いていないので泡の付いた食器が溜まっていた。
そのことに気付きちゃんは泡を流しはじめる。
1枚洗い、その泡を含んだ水が泡の付いた食器を避けて流れていく。


「泣いた?」
「実感わかないからかな、泣けない」
水の音と食器を置く音がする。


食器を洗った手は、日々人の泡の付いた手を洗いながら、1つ1つの言葉を慈しむように話す。
「いや、聞いて欲しかったんだと思う。
話したら泣けるかなって思ってた。
日々人が私とエッチする気ないっていうのもわかってるよ。
優しいね。
ありがとうね」


「でもちゃん泣いてないじゃん」
手をぎゅっと握られ2人の手の上を水が流れていく。
「そうだね」


「違う人に抱かれたら実感できると思った?」
ちゃんの握る手に力がはいる。

「うん。日々人ね、彼氏に似てるの。
笑った顔とか時々過る。
あとは日々人が最近元気ないって私気付いてた。
だから漬け込もうって思ったの」
最低だね、と空いている手で水を止める。
古いのかきゅっと音がする。


「うん、ネタばらしはここまで。家まで送るね」と告げると日々人はちゃんを抱きしめた。
「おれも元気ないから、慰めてよ」
ちゃんの耳元で声がする。

ああ、彼は優しいな、と思った。




お互いお風呂に入って、ベットに座った。
ちゃんが脱ぎ出す。
「焦らすようにわざわざボタンのやつにしたんだ?」
「…あざとい私のことなんでもお見通しだね」
と笑う。
唇が重なる。
重なりながら、絡まりながら、ボタンを外す指は日々人の指に代わる。
ちゃんの指は日々人の服の中に入って、おなかあたりを下から上へ移動していた。
「ちゃん」
耳で声がしてちゃんの体に力がはいる。
「や、名前呼ばないで…」
「なんで?」
「死にたくなる」
「おれは、これ、生きてるって実感するための行為だと思うよ」
にっと笑ってキスする。
彼が過ぎった。
誤魔化すようにいつもハイタッチしてる手を絡める。
親指で日々人の手の平を撫でる。
反対の手では、撫で返されて繋がっていていいと認められた気になる。
長い指に力をいれると返ってくる。


唇が首を一度下までキスしたあとに、舌が今いったところを這う。
ぞくぞくする。
ぞくぞくしたあとにため息にも似た深い喘ぎ声が出る。
鎖骨や肩あたりを舐められながら指で胸をいいようにされる。
日々人の耳が近くにあったから耳を音が鳴るように舌を這わせる。
「あー…それ、ヤバイ」
と言ったかと思うと指の腹で転がされる。
今までと違った刺激に体と声が跳ね気味に反応する。
「もっと声聞かせてよ」



日々人は優しい。
行為そのものも優しいが、優しくてキチンと最後まで「共犯者」を演じ切ってくれる。
「おれも元気ないから、慰めてよ」は嘘だ。
元気がないのは本当だろうが、漬け込もうとした、最低だと感じているちゃんの気持ちを薄めてくれようとしているのだろう。
本当に寂しくて慰めてほしいなら、きっと彼なら、これからも接点がある宇宙飛行士にそんな言葉はかけないだろう。



気持ちがいいというのは、脳がやられるような感覚に溺れる。
溶けていくような。
気持ちよすぎてくらくらする。
指を入れられながら、胸を触られながら、キスされるのは生きてると実感しながら死んでしまいそうだった。

日々人のモノも指で輪をつくったり、先を親指で撫でたりしてるが、全然力がはいらない。
開き気味に膝で立っていたが、ガクガクする。
「日々人ぉ…もうダメ」
首に手を回すと指の動きが早くなって簡単に絶頂に達してしまった。




「日々人に頼むんじゃなかった…」
「2、3回イッててよく言うよ」
「ちょ」
と日々人の頬を手のひらで挟む。

そうじゃなくて、と言葉を置いて
「私、生きてるから。
うまく言えないけど、」
今日一日で一番優しい顔で日々人を見る。

「うん、生きてるから乗り越えられると思う」
日々人は自分にも言い聞かせるように言う。
今までも何度も言い聞かせたが、本当は不安が消えなくて苦しい。
だからきっと説得力を持たない言葉なのだろう。



日々人の頬をちゃんは指で撫でる。
俯いたちゃんの頬を日々人は撫でる。
「うん、違う人」

薄暗い部屋で、私という人間の境界線を分からせてくれるかのように何度も何度も背中を撫でてくれた。


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