記念の一本

「あれ、宇宙飛行士なのに煙草吸うんだ?」
バーの外で火を付けたところで声をかけられた。
アメリカだというのに、日本語で。


言葉の端々からからかっているというわけではなさそうだ。
ただ本当に意外と言いたげなまあるい目が首を傾げてこちらを見ていた。

「吸っちゃ、ダメだった?」
「あ、いや、なんか意外で」
そう言って視線が逸れていった。
一口吸って吐き出す。
彼女が前を向くと風が吹いて、彼女の方に煙が流れていった。

少し目を細めて煙が通りすぎるのを待っていた。

いつもなら、ごめんと煙の行方に気を遣うところだが、ここは喫煙所。
店の中で吸わせてはくれない。
彼女も吸うのだろう。


黒髪の女性。
前髪を流しているせいか美人に見える。
よくよく見ると顔のつくり自体は幼い。
アメリカ人に比べて、低い鼻がそう思わせるのかもしれない。


前を向いて吸っては吐いた。
「俺が宇宙飛行士って知ってるんだ?」
素朴な疑問を投げ付ける。
テレビかなんかで見たんだろうが。
「そりゃ知ってますよ、ISSのお兄さん」
「…なにそれ」
「私の中でのあだ名」
彼女はこちらを見てにこやかに話しているようだった。
それを横に感じながら煙草の煙を目で追っていた。

これからは下手なことはできないなーとめんどくさく思っていた。



彼女はカバンの中をごそごそして、何かを取り出した。
煙草とライター。
実際の写真を使って煙草のリスクを訴えている物々しいパッケージ。
百害あって一利なしと言う日本のことわざがよく合う。
新品であろうものを開ける。
箱の中の銀紙をそのままにして一本取り出した。

「よく買えたね?」
「どういう意味ですか」
小柄な彼女は見上げながら、笑っていた。


ライターを取り出し火を付ける。
…が着かない。
「あれ」と火がついてない煙草を咥えながら何度もライターをカチカチする。

一口吸って吐き出す。

こりゃ絶対初心者だ。
煙草を横に咥え、小さな手からライターを奪い、火をつける。
「吸って」と告げて火を煙草の先端に近付ければ火がついた。


火がついたと同時に彼女はむせかえって座りこんだ。

笑うと煙が口から漏れた。


「煙草吸ったことある?」
「ない」
とむせ返りながら、なぜかこちらを睨みながら涙目で答える。
カバンから少し出ていた煙草の箱を取り上げ見る。


自分が吸っているものよりも多いそれに納得する。
そして呆れた。

「なんでこんなもの吸うの」
箱を揺らしながら眺める。
「フラれたから彼が女性の仕草で一番嫌いなものをしてやろうかと思って」
涙を拭いながら、息を整えて彼女は話す。


一口吸って吐き出す。
吐き出しながら風下へ移動した。

持ち方もぎこちない、まだ小さな手に持っているそれを取り上げ灰皿に持っていく。
じゅ、といういい音をたてて消えた。

「これとこれは没収」
ゆらゆら揺らしながら、煙草の箱とライターを片手に揺らす。
「…」
「吸わない方がいいんじゃない?」


最後に吸って吐き出す。
自分のものも灰皿に入れる。
先ほどと同じ音をたてて消えた。
終わりの音に銘柄は関係ないようだ。



「じゃ、俺帰るから」
そう言って手を振りながら横を通りすぎる。
2、3歩行ったところで
「あの!」と声がして振り返る。

「私ちゃんって言います。
ていうか余計なお世話なんだけど!
明日もここ来ますか!」
文句を言っているのか、誘われているのかわからない言葉だ。
わりと大きめな声で話される。
異国で異国語は結構目立ってしまう。
道路の向こうの人がこちらを見る。

彼女に近寄る。


「どうだろう」
「じゃあ明後日は?」
「どうだろう」
「じゃあいつだったらいる?」

尚もうるさい彼女の耳元で
「君が煙草吸わない日。
あれ俺の記念の一本だから、俺はもう吸わないけど」
そう言うと黙った。
小さい身体がもう少し小さくなった。
小動物のように手を胸あたりまであげて目をパチクリしていた。



「明日も吸う?」
目を丸くしてた小動物の彼女はその言葉に顔を上げ口角をあげて
「あれも私の記念の一本だから」と言う。
生意気そうな目がこちらを見ている。


胸の下くらいまである髪を一束手に取り

「そう」
「じゃあ」
「また明日」

指を通すとするんとすり抜けていった。













−−−−ー

かない!


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