ああ、失敗した。
鉄の味のする塊が口腔から溢れて滴り落ちた。びちゃびちゃと汚く湿った音がする。
体から暖かなものが零れていくのが分かった。ヴィンセントの体を貫いた刃が引き抜かれて血液が噴水のように溢れた。視界に赤がちらつく。足が上体を支えることを拒絶してヴィンセントの体は後ろへ倒れていく。
人生の終わりはあっけないものだった。半端物の自分の生が人生と呼べるものか分かったものではないが。
酸素の足りない、不全な思考回路にぽつりぽつりと記憶が浮かんでは消える。走馬燈は映画のフィルムのようだと言ったのは誰だったか。そんなものは大嘘だった。
これはもっと断片的で、まとまりがなくて、映画などよりずっと生々しい。
初めて屋敷に訪れたときに出会った幼いこどもたちを守ろうと思ったこと、双子の弟に対する複雑な感情、敵を倒した時の高揚、そして彼女のこと。
帰ってくるんだろう、ヴィンス。
常には強気な彼女の声が僅かに震えていたのに気づかない自分ではなかった。彼女は聡明で敏感で、そして繊細な女性だった。彼女の思うよりずっと、彼女は強く弱い女性なのだとヴィンセントはそう思っていた。
だから、無論だとも、と答えたことはヴィンセントにとって最善の選択であった。結果が分からないうちに彼女に不安などを与えたくはなかったし、彼女の元へ帰ってくるつもりだった。失敗をしたのは誰のせいでもない。ヴィンセントのせいだった。
守ることが使命だ。ならば戦って死ぬのは宿命だった。せめて、ヴィンセントが守りたかったものだけは無事でいてくれればいいのだが。最早ヴィンセントには誰かに祈ることしかできない。
彼らのことは執事の誰かが引き継いでくれるだろう。否、主君であるはずの彼自身が戦うのかもしれない。どうか、無事でいてほしいと思う。
けれど彼女は誰が守ってくれるのだろう。ヴィンセントは彼女を最優先にすることはできなかったけれども、彼女を守るつもりでいた。命だけではなく、様々なものから。彼女を傷つけようとするすべてから。彼女にとっては鬱陶しかったかもしれないが、ヴィンセントはそうしたかったのだ。誰かに命じられたわけでなく、ヴィンセント自身の意志で。
それは禁忌だと双子の弟は言った。白い髪の美しい少年は執着であると断じた。勘違いだと彼女は笑った。
理由はなんだって良かった。彼女のそばにいたいと願ったから、ヴィンセントはそうした。執事として生きてきた自分に沸き上がってくる新しい感情に驚き、楽しみもした。声には出せないような醜い感情すらも浮かんだが、それが恋というものなのだろう。つまるところヴィンセントは恋に酔っていた。
彼女を守るのは誰だろう。主君たちのことは純粋に無事であれ、誰かに守られていてくれと願えるのに、彼女を思えば醜い感情が溢れた。全く、こんな男に愛されて彼女も迷惑だったことだろう。それでも多少は愛してくれたと信じている。
ああ、どうか。無事で生きていてくれ、紫。
約束を違えて済まなかった。もしも死んで魂が残ったとしたら、真っ直ぐに君の元へ向かおう。この先誰を愛したとしてもかまわない。ただその心の奥底に、私の記憶をとどめておいてはくれまいか。君を愛した愚かな男がいたことを。
願わくば幸福に生きてほしい。左様なら、私の愛したひと。




フジ(藤)の花言葉:恋に酔う、歓迎、あなたを歓迎します、決して離れない



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