そっと身体に触れる手つきはやさしい。
よく手入れされた指先が肌に触れるたび、ぐっと閉じた唇から甘い声がこぼれそうになる。じわじわと額から汗が伝ってベッドに水溜まりを作った。身体が切なくて、目の前の景色がとろりと滲む。
ぐちゃぐちゃに濡れた服はとうに脱がされた。特にズボンや下着は酷い有様で、きちんと元に戻るのだろうかと心配になるほどだった。男同士だし裸身を見られることにはそれほど抵抗はなかったが、触れられるのはやはり恥ずかしい。
「エリー、平気…?」
こちらを窺う声も顔も、いつも通りの彼のものでなんだか安心した。平気だよと答えてみせた声は輪郭がぼやけていたけれど、彼は正確に聞き取ってくれたようだった。
「っあ、」
ひくりと身体が震えるたび柔らかな唇が頬や唇に触れて、大事にされているような気がする。彼の恋人になる人はしあわせだ、とらしくもないことを思う。緊急事態だしこれっきりだから許してほしい、とまだ見ぬ彼の恋人へ心の中で謝罪した。
ゆるゆるとミヒャエルの手が下肢に伸びてきて、ごくりと息を呑む。こわい、のかもしれない。身体に走る快感よりも、これからされることへの恐怖が勝った。
「ねえエリー、触っていい?」
問いかける声はあくまでやさしい。羞恥で焼き切れそうになりながらこくりと頷いた。ミヒャエルは好きでもない相手をこうして慰めてくれている。早く終わらせなければと僅かに残された理性が訴えた。
ごめんね、と耳元で謝る声とともに、閉じていた足が開かれる。大事な親友にこんな無様を見られるなんて、と思うけれど、彼の方がずっと嫌な思いをしているのだから耐えなければ。
「ん、んんぅ…!」
大きな手がエリアスの物を掴んで擦りあげた。自分でするときとは違って彼の動きは不随意で、頭がおかしくなりそうなくらい気持ちいい。とろとろと先端から溢れ続ける蜜のせいで、じゅぷじゅぷと厭らしい水音がする。羞恥心すら快感を煽った。
「あ、あ…!も、だめ、そこ、だめ…っ!」
ひくひくと震える身体を、ミヒャエルがぎゅっと抱きしめた。エリー、と優しい声に呼ばれて心臓が高鳴った。ミヒャエルがあんまり優しいから、おかしな勘違いをしてしまいそうになる。
泣き濡れた瞳でミヒャエルを見上げると、ふっと目が逸らされた。微かに違和感を覚えたけれど、きっと自分の顔が相当に気持ち悪かったのだろう。それを詫びる間もなく彼の手がまたエリアスのものを擦りあげて、身体に刺激を送る。
「っん、ん、んんぅ…」
「エリー、血が出ちゃうよ」
彼の指の腹が、血の滲むエリアスの唇をなぞる。だって、と頑是無いこどものような声が出た。だって、おかしな声を聞かれたくないから。
「僕は、どんなことがあっても君が好きだよ。…だから、僕に任せて」
耳元で囁かれる言葉に不覚にも心臓が鳴った。恋人への睦言のようだ、と狂った思考が浮かぶ。
それに、と続けた彼の声はどこか震えていたが、ぼうっと見つめた彼の表情はどこか熱を帯びているような気がした。
「今のエリーは、薬のせいでこんなことになってるんでしょ。だからエリーはなんにも悪くないよ」
「…ん、」
そう、おかしいのだ。今のエリアスは狂っている。全部薬のせいだ。だから、それなら、少しくらい甘えてもいいだろうか。正気の時にはこんなはしたないこと、決してしないから。
おずおずと彼の頬に手を伸べると、優しく唇が落とされた。まるで子供をあやすようだ、と思う。ひどく慣れた仕草に思われてなんだか苛立った。理由はよくわからないが、先を越されたから、だと思う。自分でも理不尽だと思うから顔には出さないように努めた。
指が後ろに触れて、体がびくりと固まる。男とこんなことをするなんて考えたこともなかった。
「……ふぁ、あ、ああっ!」
つぷりと入り込んできた指は思っていたほどの抵抗もなく奥へ進んできた。とろとろと零れた蜜が潤滑油になったせいだろう。恥ずかしくてたまらないけれど、時間をかけられるよりはマシなはずだ。早く終わらせてしまった方が良いに決まっている。
「ひっ、ああああ…!」
彼の指がしこりに触れた瞬間、激しい電流が流れた。ミヒャエルがそこを重点的に責めるので、頭が真っ白になる。全く感じたことのない未知の快楽。自分のものとは思えないくらい甘ったるい声が部屋に響く。
「ミ、ヒャエル、だめ、そこ、やだ…!」
「…ごめんねエリー。我慢して」
「や、やら、っあ、あああああ…!」
前を触られてもいないのに、体が震える。羞恥で染まった頬をミヒャエルが慰めるように撫でる。こんなのは薬のせいだ、全部薬が悪い。
ミヒャエルはまるで壊れ物に触れるように触れてきた。彼はやさしい、やさしすぎる。もっと手ひどく扱ってくれた方が気が楽なのに。真剣な顔や暖かな優しい手つきのせいで変に胸がざわめいた。
「ん、ん…っ、ミヒャエル、も、いいから…」
「まだ駄目だよ。怪我しちゃうよ」
「…っ」
やさしい、本当にやさしい。けれどやさしくされたくない。薬にやられた自分はまともではない。もどかしくて、刺激が足りない。駄目なのだ、今の自分は。体がひどくせつない。
「ミヒャエル、も、きてよ」
涙混じりの声をあげて、縋るように彼の首に腕を回した。でも、と困惑したような声が聞こえる。困らせて悪いけれど、でも、とても辛いのだ。
「やさしくしなくていいから、…おねがい」
緑の瞳が揺れる。大きな、きめ細やかな手が頬を包み込んだ。おかしくなりそうなほどに熱いのに、彼に触れられると安心した。だから、ミヒャエルになら身を任せてもいいのだと思う。
「…わかっ、たよ。でも、痛かったら言ってね」
「ん、…ありがと」
思わず気の抜けた笑みが浮かんだ。ミヒャエルは相変わらず硬い表情のままエリアスの細い足を抱え上げた。張り詰めたものがぴたりと足の間に触れる。
(…あれ、)
何故、触れてもいないのに硬くなっているのだろう。ミヒャエルは自分を好いているわけではないのに。それとも、気づかないうちに触っていたのだろうか。
ぐ、と彼の腰が動いて思考は霧散する。慣らされたとはいえ誰も受け入れたことのないそこは緊張に固まる。甘く蝕むような熱と体を引き裂くものの圧迫。思わず逃げそうになった腰をミヒャエルの大きな手が優しく捕らえた。ぐ、と唇を引き締めて侵入に耐える。薬であんなに気持ちよくて思考に靄がかかっていたのに、痛みと違和感のせいで頭が変に冴える。悲鳴を押し殺すために噛み切ろうとした唇はやんわりと塞がれた。
彼の汗がぽたぽたと落ちてくる。太い先端が入り込んでしまえば全て飲み込むまでに些程時間はかからなかった。狭い肉壁がゆるゆると彼のものを圧迫する。
「あ、あ、…ふ、」
唇が糸を引きながら離れて、水を求める金魚のようにはくはくと震えた。ミヒャエルが体の中にいるのだ、と思うと変な錯覚をしそうになる。
――あいしあっているみたいだ。
論理も何もない、馬鹿みたいな思考が脳を灼いた。こんなものは薬による欲望と彼の優しさと、少しの不運がもたらしたものに過ぎない。
「エリー、大丈夫…?」
気遣わしげな声と共に優しく頬が撫でられた。ぐちゃぐちゃと混乱した思考のままこくりと頷く。暴走する思考だってきっと薬のせいだ。早く終わらせてしまわなければ。薬さえなければこんなことにはならなかったのだから。
「っあん!」
ゆるゆると彼のものが抜き差しされて、体が粟立つ。思考が濁流のような快楽に押し流されて目眩がした。きもちいい。
「ひ、ぁう、あ、ふ、んん…っ」
唇を閉じなければならないのに声が勝手に零れてしまう。唇を噛むことすらできない。
「好きだよ」
「…っ!」
そっと囁かれた言葉に、どくんと心臓が跳ねる。ミヒャエルは本当に馬鹿だ。こんなことはこれっきりなのだから、そんな睦言なんて吐かなくていいのに。
「ん、も、ミヒャエルの、ばか、あ、あああっ!」
奥を突かれながら文句を言ったところで迫力などあるはずもなかった。初めてだというのに薬のせいで気持ちよくて死んでしまいそうだ。――薬のせいだ。そうでなくてはならない。こんなに心臓がうるさいのも気持ちよくてたまらないのも、全部全部薬が悪い。
「ひゃう、あっ、ああ…!」
きゅうと足先を丸めながら絶頂に達する。奥を抉る動きは少しずつ激しくなって、彼もまた限界が近いのだと知らされた。自分はもう何度も達したかわからないけれど、ミヒャエルはまだ一度も達していない。気持ちよくない、わけではないと思う。入り込んだものの硬度は変わらないし、表情も切羽詰まって見えた。
「…ん、ミヒャエル、へいき…?」
荒れる息もそのままに問いかけると、僅かに緑の瞳が揺れた。ふっと笑みが零れる。我慢なんてしなくてもいいのに。
「ミヒャエルなら、いいよ」
「っ、」
笑って告げると彼の体が固まった。ここまで付き合わせたのだし、ミヒャエルにもうこれ以上無理させたくはない。それになんだか、繋がっているという気がする。
僅かに逡巡した彼は、静かにごめんねと告げた。謝る必要なんて何一つないのに、彼は律儀に過ぎる。笑んで見せるとぎゅっと抱き寄せられた。奥歯を噛んでこれから訪れるだろうものに備える。
どくん、と彼の鼓動が聞こえた気がした。
「っ、あ、ふぁああああ…!」
「…っ!」
感じたのは熱だった。熱い液体が勢いよく中を満たす。勝手にびくびくと震える体を無理矢理押さえつけてミヒャエルにすがりついた。思考が熱に溶けてぐずぐずになっていく。水音と甘い声が響いて、意識が点滅した。
「…ぁ、ふぁ、あ、」
体に巡る激しい、けれどどこか心地良い快楽。全身から力が抜けて、大きく息を吐いた。ぐるぐると目眩がして意識が塗りつぶされる。ぼんやりと目を閉じた。慌てたように名前を呼ぶ声を聞いた気がした。




体中が痛かった。
薬のせいでおかしな動きを強いられたせいだ。目を覚ましたとき彼はもういなかったけれど、服もシーツもきちんと整えられていた。やはり、ミヒャエルは優しい。
立ち上がろうと思ったが、途中で腰が砕けてベッドの上にへたり込んだ。本来なら今日は授業に行かなくてはならない日だが、この体調ではどうにもならないだろう。
ミヒャエルは授業に行ったはずだ。薬にやられておかしくなっていた自分とは違い、彼はそれほど疲れてはいなかったろう。なんとなく寂しさを覚えた。もちろん、ミヒャエルは何も悪くないのだけど。
「あ、エリー、起きたの?」
「…っ!?」
穏やかな声にびくりと体が跳ねる。少し目を見開いた黒髪の少年がカップを持って入ってきたところだった。
「ミ、ミヒャエル、授業は…?」
「…うん。僕、君のこと放っておけなくて」
「そ、そう…」
穏やかに笑う彼の顔をじっと眺めていると、何故だか体が熱くなる気がする。まだ薬の効果が出ているのだろうか。どうにも彼の顔をしっかり見ることができそうにない。
「エリー、大丈夫?」
「だ、大丈夫」
どうしてこんなにも動揺しているのだろう。昨日体を重ねたからといって、彼と自分の関係は変わってなどいないはずなのに。
視線をうろうろとさまよわせると、彼が二つのカップを持っているのが目に入った。
「それ、僕に?」
「あ、うん」
「そっか、ありがとう」
無理矢理顔に笑みを浮かべてカップを受け取る。気を散らすことが目的だったけれど、喉が乾いていたのも確かだ。少し湯気の立ったそれは暖かい。動揺を隠すために躊躇いなく飲み込んだ。
「…甘」
甘ったるい匂いが鼻腔を刺激する。少し苦い、けれど甘みの強い味。これは、ホットチョコレートか。
「そういえば、昨日はバレンタインデーだったっけ」
ぼんやりと呟くと、かたんとカップが鳴る音がした。見上げた顔はほんのりと赤い。なんだろう、と思ったがすぐ見当はついた。
「僕が昨日食べたのもチョコレートだったしね。変なこと思い出させてごめんね」
「…うん」
少し気まずげに告げた彼に笑いかけると、ミヒャエルは少し困ったように笑った。彼の顔を見つめながら暖かなチョコレートを飲んでいると、ひどく穏やかな気分になった。
きっと彼が良い人だからだろう。これからも仲良くありたいものだ。ふわふわした気分で笑うと、ミヒャエルは少し気まずげにそっぽを向いた。



*← →#

TOP - BACK




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -