エリアスは白くて小さな猫だ。もうとっくに大人なのだが、種類のせいで小さいので子猫と間違われることがある。
飼い主はミヒャエルという若い人間だ。長い黒髪と柔らかい体を持っていて、どうやら雌であるらしい。子猫の頃に拾われてからずっと側にいる。いわゆる家猫というやつで、あまり外に出たことがない。妹分が一匹いて、元は野良猫だったが今はエリアスより一回り大きい。けれど、小さくて困ったことはない。細身のミヒャエルの膝に乗っかることができるし、身軽で足も早い。
最近、弟分ができた。エリーという人間の飼い猫で、前に会ったときはまだ子猫だった。エリアスとは対照的に真っ黒で長毛で、のんびりな性格だ。久々に自分より小さい猫に会ったから可愛がってやっている。名前はミヒャエルといって、なんとエリアスの飼い主と同じ名前なのだ。そういえばミヒャエルの飼い主の名前もエリアスとちょっと似ている。おかしな偶然もあるものだ。
今日は飼い主のミヒャエルに連れられて、猫のミヒャエルの家についた。この家はエリーの家と同じくらい大きくて広い。
ミヒャエルはどこ?とにゃーにゃー鳴くと、人間のエリーが待っててね、と頭をぽんぽん撫でた。白い髪のちっちゃな雌だ。エリアスは賢い猫なので、大人しく待った。
にゃー!と低い大きな声が聞こえてびくりと身体が固まる。聞いたことのない声だ。ミヒャエルの声ではない。新しい猫がいるのだろうか。
「エリー!」
「え、」
自分の名前を呼ぶ巨大な長毛の猫をまじまじと見つめた。こんな猫は見たことがない。自分よりすごくすごく大きい。
「君、いったい誰なの」
警戒を込めてじいっと睨んだ。こんな猫は知らない。ミヒャエルに会いに来たのに、見知らぬ巨大な猫にあうだなんて。
目の前の猫は不思議そうに緑の瞳をくりくりとさせた。この仕草にはなんとなく見覚えがある。
「ぼくミヒャエルだよ?」
「うそ」
どーんとずっしり重そうな黒猫を呆然と見つめた。でかい。長い毛と大きな身体がおおらかさを演出している。これが本当にミヒャエルだというのか。エリアスより何倍も大きい。
じぃ、と真っ直ぐな緑の瞳できらきら見つめられると、やっぱりミヒャエルなんだと思った。
「エリー、ちっちゃくなった?」
「なってない!」
ふしゃー!と威嚇の声を上げると、ミヒャエルが不思議そうに首を傾けた。相変わらずのんびりなやつだ。
「そうなのー?エリーちっちゃくてかわいいね」
「かわいくない!」
ミヒャエルの顔を思い切り引っかいたが、緑の瞳はぱちぱちと瞬くばかりだ。爪を切られたせいだ、と人間のミヒャエルに対して恨めしい気持ちを抱く。
「ねーエリー、あそぼうよ」
「ぎにゃっ!?」
大きな体にのしかかられて、喉から変な声が出た。甘えるように身体を擦り付けられるのが痛くて重い。いつの間にこんなにでかくなったんだろう。しぬー!とぎゃんぎゃん鳴きまくるとミヒャエルの動きがぴたりと止まった。エリアスはそのままくたりとくずおれる。小さな身体では重量級の体躯を支えることなんてできなかった。
「エリー?」
加害者であるミヒャエルは実にのんびりした声をあげていて殺意がわく。もう少しでつぶれて死ぬところだったのに。こんなにでかいのにまだ子猫のつもりなのだろうか。
「でっかくなった君なんかしらない」
むっとしてきつい口調で言い放つ。こんな大きな猫と遊びに来たわけじゃないのだ。ちっちゃなミヒャエルと遊びにきたのに、これじゃ予定外だ。ツンツンしながらそっぽを向くと、ミヒャエルか必死ですり寄ってきた。
「いっしょにあそぼうよ。ぼくエリーのことすきだよ」
「…むー」
ぺろぺろ顔をなめながら言われると悪い気はしない。年上だから寛大になってやらなくては。
「ミヒャエルはしかたないな。そんなにいうなら遊んであげるよ」
「ほんと!?」
ばあっと笑って嬉しそうににゃごにゃご鳴くミヒャエルを見ると、ちょっと気分が良くなる。本当に自分のことがすきなのだ。
「でもね、僕に乗っかるのはだめだよ。潰れて死んじゃう」
「そうなの?エリーがしんじゃうのはやだな」
しゅんと尻尾を垂れるミヒャエルをじっと見つめる。馬鹿だけど素直でいいやつだ。肉球でぽんぽん頭を撫でてやると、ごろごろ大きく喉を鳴らした。身体は大きくなっているのに、全然変わってなんかないみたいだ。
「じゃあねー、追っかけっこしよう!」
「いいよ」
ミヒャエルはのんびり屋だから、どうせすぐに捕まえることができるだろう。前に何回も追っかけっこをしたけれど、自分の方がずっと速い。自信をもってごろごろ喉を鳴らした。
エリアスは猫なので、自分よりずっとずっと大きなミヒャエルの方が速いことに気がつかなかった。へとへとになったエリアスの首根っこを甘噛みされて飼い主のもとに運ばれて盛大に拗ねることになる。



ふああ、と欠伸をした。ぐーっと真上に伸びをする。人間になるのは嫌いではないが、変身するときはちょっと疲れてしまう。
人間になったときのエリアスはやっぱり小さい。雄だけれど、雌のミヒャエルより小さいのだ。真っ白な髪の子供みたいに見えるけれど、ふさふさの耳と尻尾が生えている。
「これならミヒャエルよりおっきいよね」
にこにこ笑いながら長いもふもふの黒猫を撫でる。にゃー、不思議そうに鳴くのが小気味よかった。エリーなの、と幼い様子の声が言う。
「そうだよ。僕人間になれるの」
「でも耳としっぽがあるよ?」
「だってないと変なんだもん」
むー、と唇を尖らせる。隠そうと思えば隠せるけど、すごく疲れるしふわふわ変な感覚がするのだ。だから耳と尻尾は出したままにしている。
人間になったら、さすがに猫のミヒャエルよりは視線が高い。本当なら膝に乗っけたりだっこしてやりたいのだけど、エリアスは力がないのでそれは無理なのだ。撫でてやれるだけいいだろう。
「ぼくもできるかなー」
「どうかな?やってみる?」
うんーとすり寄ってくるミヒャエルをにこにこ撫でた。疲れるけど、人間になるのはそんなに難しくはない。二匹とも人間になるのもおもしろいかもしれない。
やり方を教えてやると、ふんふんとうなずいてやってみるー!と無邪気に言った。図体はでかくなったのに子供みたいなやつだ。もしかしたらすぐにはできないかもしれないが、そうだったら後で慰めてあげようともしゃもしゃ頭を撫でた。
「それじゃ、待っててねー」
うん、とこっくり頷いて、ボール遊びに集中することにした。ミヒャエルをじっと見ていても仕方ない。できたら言ってね、と言うとミヒャエルはうん!と元気な返事を返してきた。
「エリー!できたよー」
しばらくして聞こえた間延びした低い声にきょとんと首を傾ける。思っていたよりずっと低い声だ。おかしいな、と思いながら目線をあげると、にこにこ笑顔を浮かべた大きな男が目の前にたっていた。
「ふぇ、」
ずーんと大きな体をしたミヒャエルをまじまじと見つめた。大人の人間の雄なんて初めて見た。猫耳と尻尾がぴょこぴょこ揺れている。
「エリーちっちゃいーかわいいー」
「ぷぎゅ」
無邪気にぎゅううと抱きしめられて息が詰まる。人間になっても馬鹿力だなんて!と酸素が抜けた頭で理不尽を嘆いた。
「ミヒャエルなんて嫌い」
「え!?」
ぶすっとした声で呟くと、慌ててミヒャエルが抱きしめる腕を緩めた。むーっとした顔で見つめる。年下なのに、人間でも猫でもずっと大きいなんてずるい。エリーゼが大きいのはなんとなく許せるけれど、ミヒャエルが自分より大きいのは嫌だ。
「僕より大きいミヒャエルなんて嫌いだもん」
「そんなあ…ぼくエリーのことだいすきなのに」
「しらない」
ふん、とそっぽを向くと、しばらくミヒャエルはおろおろしていた。耳と尻尾が垂れ下がってなんだか間抜けだ。エリーエリーと何度も呼ばれるのを全部無視する。今日は機嫌が悪いのだ。
「エリーったらー」
ぐっと身体を抱き寄せられて、無理矢理ミヒャエルの方を向かされる。困った顔をした彼を睨んだ。ずるいからきらいだ。
と、ぐっと顔が近づいてきてぱちぱち瞬く。鼻と鼻がくっつく、と思うくらい顔が近づいた。
「にゃっ!?」
唇を舐められてびくんと身体が震える。猫のときは当たり前にすることなのに、人間だとなんだかぞくぞくした。思わず開けた唇を割って舌が入り込んでくる。
「ふぁ、んむ…んんー!」
どんどんと胸を叩くけれど、ミヒャエルの身体はずっと逞しくてびくともしない。舌がぐちゃぐちゃ口の中を蠢くうちに頭が痺れてぼうっとしてきた。こんなの、へんだ。
「んぅ、あ、はぁ……っ」
唇が離れて放心するエリアスの唇を、ミヒャエルの舌がぺろぺろ舐めた。くったりと目の前の身体に寄りかかる。なんだかふわふわした気分だ。
「これ、なあに……?」
潤んだ瞳で見つめると、ミヒャエルは嬉しそうににこにこ笑った。姿は大人なのに子供みたいな笑い方だ。
「あのね、人間はなかなおりするときはこういうことするんだよ。なかよしさんはたくさんするの」
「そうなの……」
「うん!ぼくのママと人間のミヒャエルがしてるの見たよ!」
「ふーん。僕は見たことないや」
まだ頭がぼうっとしている。確かに、もう怒る気にならないくらい頭がぼんやりしている。それにちょっと気持ちよかった、ような気がする。人間って不思議だ。
「エリー、もっかいしよー」
「ん……」
ミヒャエルを見上げながら呟くと、ころころ嬉しそうに笑ったミヒャエルの唇が下りてきた。




ミヒャエルと二人きりでデートをして帰ってくると、二匹の猫はすやすやと眠っていた。
体格も毛の色も正反対の二匹が寄り添うように眠っているのがなんだか微笑ましくて笑みがこぼれた。
「なんだか仲良くなったみたいだね、エリー」
ミヒャエルの囁き声に頷いてみせる。少し警戒しているような節があったけれど、仲良くなってくれてよかった。
「今度はエリーゼも連れてこようかな。ミヒャエルのいいお嫁さんになると思うよ」
「そうだね。…でも、名前がすっごく紛らわしいな」
少し眉を顰めて呟く。猫と自分たちの名前が同じだと、会話がすごくおかしなことになってしまうのだ。
「それならさ、エリーも僕のお嫁さんになればいいよ」
「は!?」
ミヒャエルのおかしな発言に目を剥く。ミヒャエルの自分は女同士だ。結婚なんてできるわけがない。
「だめ?僕、エリーとずーっと一緒にいたいんだ」
「…ミヒャエルがそこまで言うなら仕方ないな」
真っ赤になって呟くと、ぎゅうと強い力で抱きしめられた。嬉しそうに笑うミヒャエルが愛しくて抱きかえす。たとえ結婚できなくても、ずっとそばにいたいと思った。



*← →#

TOP - BACK




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -