ぼくとママのおうちは広くてきれいで好きだけど、お外で遊ぶのも好きだ。
ぼくのママは、昼間はがっこうというところに行くからそばにいてくれない。いつでも一緒にいたいけれど、ついていったらだめなんだそうだ。ママがいないとさみしいしつまらない。ひまなときテレビを見てみたりするけれど、むずかしくてよくわからない。だからぼくは、おひるは寝てることが多い。
でも、今日はあんまりねむくなかった。昨日たくさんおひるねをしたからかもしれない。なにをしようかな、と考えてみる。こないだみたいにママのお洋服で遊ぶのはすごく怒られるからだめだ。ほかに何か楽しいことはないだろうか。
「そうだ」
猫のエリーとあそぼう。われながらすごくいい考えだと思う。ぼくは天才かもしれない。
エリーはちっちゃいけど、ぼくのおにいちゃんみたいな猫だ。エリーの妹のエリーゼはぼくよりちょっとだけおねえちゃんだけど、あんまりおねえちゃんっぽくはない。ぼくは二匹ともだいすきだ。
近くの窓を開けて外に出る。ぼくはこのごろ、鍵を開けるのがうまくなった。ふんふんと鼻歌を歌いながらエリーのおうちまで歩く。あんまり遠くないから、歩いて行ってもそんなに疲れない。しばらく歩くと、エリーのおうちについた。
エリーのおうちもぼくのおうちと同じくらい大きい。外からは開けられないから、窓をかりかり引っかいてエリーを呼んだ。エリーの飼い主でママのお友達のミヒャエル(なぜか名前がぼくとおんなじ)も、おひるはがっこうにいるからエリーかエリーゼにあけてもらうしかない。
ちょっとの間かりかりしていると、がらがらと窓が開いた。白くてちっちゃい、とびきり綺麗な猫。
「エリー!」
ちっちゃな姿を見つけてすごく嬉しくなった。エリーが開けてくれた隙間から中に入って、大好きなエリーに向かってのしのし歩く。ぴょこんと耳を上げたエリーはおっきな目をきょときょとさせて何故か後ろに下がった。おかしいな、と思って近づくとエリーはずいっとぼくから逃げた。
「エリー?」
首を傾けて問いかけると、エリーはふしゃーと怒った声をあげた。困ってぼくだよ、と言ったけれどこっちに来てくれない。思いつくことはないけれど、ぼくは何かしてしまっただろうか。
エリーはすごく冷たい声でにゃーと鳴いた。ちょっと怖くて身体がびくっとなる。ちっちゃいけどエリーは気が強いのだ。
「ぼく、なにかした?」
「きたない」
「えっ」
「くさい」
「ええっ」
「きらい」
それだけ言い捨てると、エリーはツンとそっぽを向いて立ち去っていった。小さな後ろ姿を呆然と見つめる。みゃーみゃーと何度もエリーを呼んでみたけれど、振り向いてもくれなかった。
しばらくしてエリーゼがぼくに近寄ってきて不思議そうににゃーにゃー鳴いていたけど、エリーに嫌われてがーんってなったぼくはなんにもいえなかった。




「エリーにきらわれたよー」
ぶみゃーぶみゃーと大きな声をあげて、ママのお膝でわんわん泣いた。ミヒャエルすきだよ、とちっちゃな体を擦り寄せてきたエリーがぼくを嫌いと言うなんて。ぼくはこんなにエリーがすきなのに。
「ミヒャエル、どうしたの?」
ぼくの頭を撫でながらママがおろおろしている。ママは人間だから、猫の言葉がわからないんだ。さっきからぼくは何度も何度も泣いてお話してるけど、伝わってないみたい。しかたないから、頑張って人間になることにした。
「わ、」
ぽん、と音を立てて人間の体になる。ふるふる耳としっぽを震わせてくっつくとママは大きな声をあげた。
「ミ、ミヒャエル、服着て、服!」
「えー、やだーめんどくさいー」
いつもは大きく見えるママも、こうして人間になるとちっちゃく思える。柔らかくていいにおいのする体にぎゅっと抱きついてすりつくと、ママはううーとちっちゃな声でつぶやいた。
「僕まだ結婚もしてないのに…」
「ほへ?」
ママが変なことを言ったから、首を傾げた。ぼくが抱きついたらいやなんだろうか。赤くなってなんにも言ってくれないからよくわからない。
とりあえず今は、エリーの話がしたい。こんなこといえるのはママだけだから。
「あのね、エリーがぼくを嫌いっていうの」
「僕?…じゃないか、猫のエリーくんだね。何かあったの?」
「わかんない、きたないっていわれた」
思い出したら哀しくなって、泣きそうな声になる。ママはあー、と納得したみたいな顔をした。さすが、ぼくのママは頭がいい。
「ミヒャエルはたまにお風呂に入った方がいいかもね」
ママの言葉にええー、と声をあげる。ぼくはおふろはきらいだ。
「ぼくおふろきらい!おみずもきらいだもん」
「でも、綺麗にしないとエリーくんに嫌われたままかもよ」
「ううーっ」
耳としっぽを伏せて唸る。エリーに嫌われたままなのはいやだ。ぼくはエリーのことがだいすきだから、のっかったり遊んだりしたい。
「なら、おふろはいる…」
しぶしぶ言うと、ママはよかった、とあかるい声をあげた。ママはぼくをよくおふろに入れたがる。ほんとはいやだけど、だいすきなママとエリーのためならがまんしようとおもった。




ミヒャエルと喧嘩した。あんまり汚くてくさいから追い出した。
ちゃんとしてたらかっこいいのに、普段のミヒャエルはでっかくて黒い毛玉だ。ごろごろ転がってたら毛玉に埃とかゴミがくっついて汚い。僕はミヒャエルが好きだから、綺麗にしていてほしい。それなのに今日は特別汚かった。だから遊んであげなかった。
ミヒャエルがとぼとぼ帰っていってから、エリーゼはすごく機嫌が悪い。せっかくあそびにきてくれたのに、とむすーっとしている。エリーゼはミヒャエルがどんなに汚くても全然気にならないらしい。
「おにいちゃんはミヒャエルのことあんまりすきじゃないんでしょ」
すねて悲しそうな声を出すエリーゼを見ると、ちょっと悪いことをした気分になる。
「ぼくはミヒャエルが好きだから、どんなに汚くても気にしないのに」
「…僕はミヒャエルが好きだから、ちゃんとしててほしいんだよ」
「へんなの。おにいちゃんのばか」
エリーゼはそう一声鳴いたきり部屋の隅っこに行った。ミヒャエルも、僕を嫌いになっただろうか。そう思うとなんだか悲しくなる。汚いとミヒャエルにとってもよくないと思ったから、綺麗にしてほしかったのだけど。
ぴんぽん、とインターホンの音を聞いて、耳がぴくりと動いた。飼い主のミヒャエルが玄関に向かっていった。
お邪魔します、と人間のエリーの声が聞こえて胸がざわざわする。彼女が来たということはミヒャエルもいるんだろうか。
予想に違わず、にゃあと少し低い鳴き声が聞こえた。ミヒャエルの声だ。僕を怒っているだろうか。ざわざわしながらミヒャエルがくるのを待った。
「エリー!」
おっきな声で鳴いて入ってきたミヒャエルを見て目を丸くする。いつもは毛玉みたいな大きな体が一目見てわかるくらい綺麗になっていた。黒い毛がつやつやてかてかしている。
「エリー、どう?」
僕に近づいてすりついてくるミヒャエルを見ていると、なんだかどきどきした。いつもよりずっとかっこいい。ミヒャエルをかっこいいとは思っていたけど、これほどとは。
「エリー、だめ?」
ずっと黙っていたから不安になったのだろう、おずおずと聞いてくるミヒャエルの顔をまともに見られない。こんなにかっこよかったっけ、と恥ずかしくなった。まだ黙ったままでいると、ミヒャエルは困ったみたいにすりよってきた。
「エリー、ぼくがんばったよ。まだきらい?」
「き、嫌いじゃないよ。…すきだよ」
「ほんと!?」
ミヒャエルはうれしそうにごろごろ大きく喉を鳴らして僕の顔をぺろぺろ舐めた。ちょっと恥ずかしいけど、正直うれしい。
「ミヒャエル、僕のためにおしゃれしてきてくれたの?」
「うんー!エリーに嫌われたくないからぼくがんばったの」
そっか、と嬉しくなってミヒャエルの大きな体にくっついた。そんなに僕を好きでいてくれるなんて、と感動にも似た思いがする。
ミヒャエルの顔をぺろぺろ舐めると、彼は嬉しそうなくすぐったそうな声をあげた。僕もなんだか嬉しくてしっぽがぱたぱた動く。
「ねえミヒャエル、そっちの方がずっとかっこいいよ」
「ええー、そうかなぁ」
「そうだよ、いつもそうしてたらいいのに」
いつもミヒャエルが綺麗にしてくれていたら、僕はカリカリ怒ることもないだろう。ミヒャエルだって、綺麗にしていた方が気持ちいいはずだ。
そう思って言ったら、ミヒャエルはちょっとしゅんとしたみたいに耳を伏せた。あれ、と思う。僕は何か変なことを言っただろうか。
「あのね、いつものぼくはきらい?」
「そんなことないけど。…どうして?」
首を傾けて問いかけると、ミヒャエルはにゃあと一つ鳴いた。でっかいくせに仕草は子猫のときのままで、なんだか変な感じがする。 
「えっとね、いまのぼくはいつものぼくとはちがうとおもうの」
おずおずとした様子で告げるミヒャエルの顔をじっと眺める。ぽんぽん大きな頭を撫でてやるとゆっくりと続きを話してくれた。
「ぼく、エリーにきらわれたくないけど、おふろに入るのはきらいだから。…エリーがやなら、がんばってみるけど」
少し悲しそうに鳴くミヒャエルをじっと見つめた。今のミヒャエルは綺麗でかっこいいけれど、確かにいつものミヒャエルじゃない。言い方は悪いけれど、真っ黒い大きな毛玉でちょっとばかでのんびりしてるのが僕のミヒャエルだ。
「ごめんね、ひどいこと言って。たまに綺麗にしてくれたらそれでいいよ」
「ほんと?」
「うん。毎日は入らなくていいけど、あんまり汚かったらお風呂入るって約束してくれる?」
「うん、それならがんばるー」
ミヒャエルがいつもののんびりした口調で鳴くのを聞いて、なんだかほっとした。なんだかんだ言って、僕もいつものミヒャエルがすきなのだ。
くっついてぺろぺろ舐めてあげると、ミヒャエルは幸せそうにごろごろ喉を鳴らしていた。今日は遅くまで遊べたらいいな、と思いながらミヒャエルの隣に寝そべった。



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