ミヒャエルの同僚である彼女は、小柄で美しい人だ。
憂いを帯びたような美貌はどこか幼くて、清楚にすら見える。同じ店の同僚と比べてもとびきり綺麗だと思った。彼女も、いや彼も身体的にはミヒャエルと同じ男だというのに。
「…何?」
「いや、綺麗だなあと」
正直な感想を口にすると、きっと青緑色の瞳で睨みつけられた。儚げに見えて気が強い。どうやら自分は嫌われてしまっているらしい。ミヒャエルとしては好意こそあれ敵意などまるきりないのだが。
敵意を持たれている理由は単純で、ミヒャエルの人気が上がっているからだ。女装歴が長い上に客の心を掴むのが巧いミヒャエルの人気は今やトップのエリアスを追い落とす勢いだ。ミヒャエルとしては客商売だからと媚びを売っているだけのことだったが、客はそれでも喜ぶのだから単純だ。
あからさまに嫌われているのだからこちらも悪感情を持ってもおかしくないのだが、何故だか彼を嫌いにはなれなかった。むしろ憧れのような想いがある。それに彼は客に囲まれていてもどこか寂しそうで、そばにいてやりたかった。




半ば睨むように目の前の男を見つめた。ミヒャエルとベッドで二人見つめ合っている。最低限の灯りしかない中では、化粧を施した二人の顔は白々と浮き上がって見えた。
目の前にいるミヒャエルは、見た目だけなら背の高い女に見えないこともない。白い肌や黒髪はきちんと手入れされていて、これほど近くで見てもそこらの女より綺麗に見える。けれどこれは男なのだ。例え化粧を施して、短いスカートを穿いていたとしても。
「今日こそ、僕が勝つんだから」
挑戦的に見つめながら口づける。互いの口紅の甘苦い味がした。男の唇なのにふっくらと柔らかい。彼とするのはこれで数度目だ。いつもいつも翻弄されてしまう。今夜こそ勝ちたい。
口づけを交わしながら服を脱がせあった。女物の服がベッドの下に滑り落ちて散らばる。スカートだけはそのままだ。下半身を見られるのは嫌だから。ミヒャエルはどうなのか知らないけれど。
「…ん、」
軽く屈み込んで、ミヒャエルのものに舌を這わせる。ちゅう、と啜ると先走りが溢れた。反応を返してくるそことは対照的に、ミヒャエルの顔は余裕そのもので悔しい。今まで何人もの男としてきたのに、ミヒャエルだけはいつもちゃんと感じてくれない。そっと頭を撫でられる仕草にも苛立ちを覚える。裏筋を舐めあげながらミヒャエルの顔を睨むと、困ったような苦笑が零れた。
「…っ、」
「っ、ん、ぅ、」
びくり、と震えて口内に溢れてきたものを飲み込む。少し苦いけれど、飲み慣れたものだ。何度かに分けて、少しずつ嚥下する。ミヒャエルのものはあまりどろりとしていないな、と頭の隅で思った。嫌な感じはしない。
「次は僕の番だね」
「ちょっと、まだ…っ」
もっとミヒャエルを気持ちよくさせたいのに、身体が押し倒されて焦る。けれど非力なエリアスが力では勝てるはずがなかった。無防備な素肌に大きな手が触れて、びくんと身体が跳ねる。
「エリー、ここ好きだよね」
「や、だめ…っ、だめだったら…っ!」
きゅっと胸の頂を摘まれて悲鳴のような声が出た。胸に触れられるのは駄目なのだ。女でもないのに身体がひくひくと震えて、身体が熱くなってしまう。もう翻弄されるのは嫌なのに。
ツンと尖ったそこに濡れた舌が触れて、足の間がきゅうと疼く。食いしばっていた歯の間から声が漏れた。昔からそこばかり可愛がられていたから、そこは最大の弱点の一つなのだ。
「っあん、あっ、ああ…そ、そこばっかり、いや、やぁ…っ!」
「ん…エリー、女の子みたい」
「は…っ、この、馬鹿…!」
女じゃないから困っているというのに、なんて言いぐさだろう。怒りはすぐに溶かされて、甘い声をひたすら漏らした。シーツをぎゅっと握る。せめてもの抵抗に涙で潤んだ瞳で見上げると、穏やかな笑みが返された。いつだって彼は余裕の顔をしていて、悔しくてたまらない。
「っはぁ、ん…っ」
最後に残っていたスカートを捲りあげられて、ミヒャエルに全てが晒される。そこを見られるのも、触られるのも嫌いだ。自分が男であると思い知らされてしまうから。
「…見ないでよ」
ミヒャエルを睨みながら、けれど半分懇願するように呟く。優しく唇が落とされた。ミヒャエルは今までしたどの男よりも優しい。彼もまた、心は女だからだろうか。けれどそれなら、何故自分を抱くのだろう。
自らゆっくりと開いた足の間にミヒャエルのものが触れて、貪欲なそこがひくりと震えた。
「っん、んん…っ」
男に抱かれることに慣れたそこは簡単にミヒャエルを受け入れる。エリアスの身体は、いつだって男にこうされることを望んでいる。女にはなれないと分かっているのに。
「ふ、ぅ、んんぅ…っ」
ミヒャエルの身体が緩やかに動いた。彼の化粧を施された白い顔は整ったままで悔しくなる。じんわりと火照らされて物足りなさを感じる。もどかしくて自ら腰をくねらせたけれど、それだけでは足りない。
「こ、の、へたくそ」
緑の瞳を睨みながら吐き捨てる。半分以上は強がりだったけれど、少し物足りなさがあるのは事実だ。焦らされるのは嫌いだ。
「そう。なら、遠慮しないね」
「え…?う、うそ、あっ、…ひぁああああ!」
急に激しく動かれて、ベッドが大きく軋んだ。開いたままの足ががくがくと震える。大抵の女より綺麗なミヒャエルの表情は今や男のそれで、僅かに恐怖を覚えた。身体が動くたびに汗が飛び散る。化粧が落ちてしまう、とずれたことを思う。
「やだ、や、ミヒャエルのばか…!ぼ、僕、いまいってる、のに…ああっだめ、だめなの…!」
ずちゅずちゅと湿った音が激しく鳴る。嫌だ、と言うのにミヒャエルの動きは性急で、翻弄されてしまう。されるがままなのは嫌なのに、何も考えられなくなってしまう。
「僕以外じゃ満足できないようにしてあげるから」
「や、やん、お客さん減っちゃ、…っひ!む、胸吸ったらだめぇ…!」
最奥を抉られながら胸を執拗に吸われて、身体がひくひく痙攣した。まだ一度も達していないミヒャエルのものは堅く逞しくて、頭がぼうっとする。気持ちよくてたまらない、と思う頭の片隅で悔しさを覚えた。きっと見上げた顔はいつになく真剣で、どきりと心臓が跳ねる。
「…好きだよ」
耳元で告げられた、瞬間。
熱い物が中に注がれて、身体が歓喜で震えた。
「っあ、あ、あああ…!う、動いたらだ、だめっ、だめぇ…!」
吐精しながらも中を抉られて、目眩がするほどの快楽が体中を駆ける。ミヒャエルの身体に必死ですがりつきながら嬌声をあげた。目の前が真っ白になって、くらりとした。はくはくと唇が震える。ミヒャエルは腰の動きを早めながら唇を重ねてきた。何度も達しながら彼の姿を見つめる。甘い口紅の味と、夜目にもあかるい白い肌。女のように繊細で優しいのに、今のミヒャエルは激しい。彼は確かに男なのだ、と身体で思い知らされる。
「は、ぁ…っ」
荒い息を漏らしながら、くたりとベッドに横たわる。緩やかに胸が上下して、少し息苦しかった。
「大丈夫?無理させてごめんね」
ミヒャエルの声はやはり優しくて、いつも通り余裕に満ちていた。優しくしなくていいのに。彼は客ではないのだから。
「へいきだよ…もっと、するの…。気持ちよく、させるんだから」
目の前の首に抱きついて深く口づけると、温かな舌が口腔を這い回った。返すように夢中で口づけた。なんとしても、ミヒャエルを気持ちよくさせたかった。




腰の痛さに思わず呻いた。
起きたときには優しく微笑むミヒャエルが目の前にいた。化粧は完璧で、エリアスをあんな風に激しく抱いた男と同一人物とは思えなかった。
彼を見返したくて、何度も何度も彼と身体を重ねた。どうしてミヒャエルにこれほどこだわるのか、自分でも分からない。彼にだけは負けたくないのだ。彼が自分をどう思っているか分からないけれど。
毎回彼は自分を好きだと言うけれど、誰だって同じことを言うのだ。ただのリップサービスなのだと自分が一番よくわかっている。
「エリーもお化粧してくる?」
そう言われて、はじめて今の自分が素顔だったことに気づく。かっと頬を染めて俯いた。夜はともかく、明るい中で素顔を晒すのは恥ずかしくてたまらない。
ミヒャエルの表情がふと気遣わしげなものに変わった。躊躇いがちに隣に腰掛ける彼を横目で見やる。
男だと思われたくない。同僚で同族であるミヒャエルであっても。
「…僕は昔、お嫁さんになりたかった」
ぽつりと呟くと、緑の瞳が向けられた。何故こんなことを話しているのだろう。ただセックスするだけの相手に。頭ではそう思うのに口は止まってくれない。
「小さい頃はなれると思ってた。今はこんなだけど」
紅いマニキュアの塗られた爪をじっと見つめる。女の振りをすることは得意だけれど、女になれるわけではない。女の格好をした、中途半端な生き物だ。
初めは、女の自分を押し殺して生きた。男として振る舞うことに耐えて耐えて、耐えられなくなって家を出た。家族とはそれきり会っていない。
それから何人か恋人を作ってはみたけれど、最後には全員がエリアスではなく女を選んだ。男のくせに女のように愛されたいから、同性愛者の男はそもそも恋愛対象にならない。エリアスは矛盾の塊で、だからこれからもきっと一人きりだ。
頬に暖かな手が触れる。触れた部分から身体に暖かさが広がって、思わず彼を見上げた。    
「それなら僕は、君の恋人になりたいな」
「…僕は、男だよ。君だって、女になりたいんだろ」
「いいの、僕がそうしたいんだから。それにエリーは、世界で一番綺麗な女の子だよ」
「…そんなの、詭弁だよ」
女みたいな顔をしているけれど女になれない自分が嫌で、いつも苦しくてたまらない。男はいつも、子供を産めない、平凡な幸せを与えられないエリアスを棄てていく。拙い思い出と、時には罵声だけを残して。
「ねえエリー、僕は君に、嘘を吐いたりしないよ。何度も好きって言ったのも、全部本当だから」
「…っ」
仕事で何度も言ったり、言われたりしてきた言葉だ。そんなこと信じられない、と言いたいけれど唇が動いてくれない。
ミヒャエルの規則正しい心臓の鼓動を感じる。身体に熱が灯るのがわかる。彼もまた、他の男たちのようにエリアスを棄てていくかもしれない。それでも、この手を振り払うことができない。我ながら、醜くて弱くて女々しい。
「…君の好きにしたらいいよ」
「ありがとう、エリー」
ふわふわ幸せそうに笑うミヒャエルの顔を複雑な思いで見つめた。どうして彼は嬉しそうなのだろう。彼にはずっと冷たくしてきた。どうしてか彼には素直になれない。
「…なんで、僕なの」
「僕は、君のことがずっと好きだったから」
真っ直ぐな言葉に俯く。彼を相手にしていると自分が薄汚い生き物になったような気がしてたまらない。嫉妬深くて、優しくなくて、女にも男にもなれない。
「…後輩のくせに生意気なんだから」
小さく呟くと、ぎゅっと抱きしめられた。彼の身体はやはり男のもので、ほんの少し切なさを覚える。男にも女にもなれない自分たちは、寄り添って生きていけるだろうか。今までの男とは違って、ミヒャエルはエリアスの側の人間だ。いつか別れる日が来たら、以前より傷つくのだろうか。
「っ、ん」
「エリー、また暗いこと考えてるね。…僕は、君の笑った顔が好きだな」
優しく唇が落とされて、思考を中断する。そっと背に手を回した。
「…そばに、いてよ」
「ずっと傍にいるよ」
抱きしめられたまま、静かに目を閉じた。囁かれた言葉を信じた訳ではないけれど、未来のことを何も考えずにいたかった。



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