目を覚まして、昨日までのことが夢ではないことに絶望する。
この部屋に閉じ込められてからどれくらいの時間が経ったろう。家族も友人も心配しているだろうに、こんなところで身動きが取れないでいる。たった一人の男に監禁されて抵抗もできない自分が情けなくてたまらない。
腰を中心に身体中が痛みを発していたが、そんなことを気にする余裕もなかった。両手首がベッドに括り付けられていて動くことが出来ない。何とか逃れようと身体を動かすとガタガタと騒々しい音がした。縄が擦れて痛みを発する。
ぱたん、とドアが開く音に身体が凍り付く。予想通り満面の笑みを浮かべた男が入ってきた。黒髪の若い男だ。名前は知らないし、覚えるつもりもない。
「おはよう、エリー」
爽やかな声音に殺意を抱く。馴れ馴れしく徒名で呼ばれて苛立ちが募った。僕はこんな男の友人でもなんでもないというのに。
この男こそが僕を誘拐した張本人だ。まだ若いがすらりと背が高く、十年と少ししか生きていない僕より年上に見える。顔立ちはかなり整っているけれど、その緑の瞳には底知れない邪念が籠もっているように見えた。身体がこの男を拒否している。
男は笑顔のまま僕にのしかかる。二人分の体重にベッドのスプリングが軋んだ。男の指先が僕のシャツのボタンに触れ、ゆっくりと外していく。昨日までの記憶が鮮明に蘇って身体が強ばる。この男はまた、僕におかしなことをするつもりなのだ。
「離れろよ…!」
「何で?愛し合うんだけだよ」
「こんなのおかしいよ!僕は男なのに…!」
「変なの、昔は兄さんのこと好きだったじゃない」
「君の兄さんなんて知らない!」
そう叫ぶと、男は何度か瞬いた。やがて白い顔に怖気を震うほどに嬉しそうな笑みが広がる。何故こんなにも喜ぶのだろう、この男は。訳が分からなくて頭がひどく混乱した。彼のことすら知らないのにその兄のことなんて知る訳ないじゃないか。
「好きだよ、エリー」
「僕は、君なんか好きじゃない…!」
「大丈夫、きっと好きになるよ」
男は僕をあやすように笑いながら、ベッドに括り付けられた手首を優しく撫でた。こんなことをされて誰が喜ぶというのだろう。これから与えられるだろう不快感と快楽を思うだけで怖気が走る。こんな男は心底嫌いなのに、心を裏切って感じてしまうだろう身体がおぞましくてならない。
最初は痛くて不快だっただけなのに、最近では身体が快楽を拾ってしまっている。確実に身体が作り替えられている。僕の中に明らかな異物である男のものが入ってきても、身体は受け入れようとしてしまう。心は悲鳴を上げているというのに。
「っ、ん」
大きな両手に頬を包み込まれ、無理矢理唇が奪われる。軟体動物のような肉厚の舌が口腔を犯そうと這い回った。
「ん、ぅ、…ふ、んん!」
「…痛っ!」
がちり、と思い切り舌を噛みきってやるつもりで歯列を閉じた。口の中に血の味が広がる。罪悪感はなかった。この男はそれ以上のことを僕にしたのだから。
攻撃されて怒るか狼狽するかと思った男はしかし、ふわふわと幸せそうな笑みを浮かべた。赤い舌が血でてらてらした唇を愛おしげに舐めた。おぞましさにぞっとする。
「気持ち悪い…」
男に対する生理的嫌悪感に表情が歪んだ。何故舌を噛まれて笑ったりするのだろう。この男の精神構造が理解できない。
「俺を見てくれるんだね、エリー」
「何…」
「そんなに想ってくれて嬉しいよ」
男は幸せそうに笑うと、僕の身体に覆い被さってきた。




彼の中は相変わらず狭くて熱くて気持ちよかった。前世では何度も触れたことのある身体だ。ミヒャエラは生まれたときからエリーのことが大好きだった。 組み敷いた身体を愛おしげに見つめる。細い足の間では、ミヒャエラのものがぎっちりと締め付けられていた。白い身体が赤く染まって綺麗だ。最初は痛みの方が大きかったようだが、今はきちんと快感を得てくれているらしい。腰を動かすと細い身体がひくひくと震えた。
「気持ちいいみたいだね、エリー」
「違う…そんなこと、ない…」
「だって、こんなになってるのに」
彼のものを優しく掴んでにっこりと笑う。まだ幼いそこはとろとろと蜜を零していた。親指でぐちぐち先端を責めると甘い声が上がる。うっとりと快楽に咽ぶ顔を見つめた。
「エリー、好きだよ、大好き」
「君、なんか、嫌いだ…!」
「っ、」
涙に濡れた瞳に睨みあげられ、一瞬腰の動きが止まる。真っ直ぐに彼の瞳をのぞき込んだ。恐怖に揺れる表情は初めて会った時より幼い。この世界の彼はまだ子供といってよかった。
「兄さんはいないのに、なんで愛してくれないの…?」
「っあ、やあ、あっああ…っ!」
片手で彼自身を責めながら細い身体に思い切り腰を打ち付けた。がくがくと震える身体はひどく素直だ。浴びせられる言葉とは違って。
女の身体に生まれたときも男の身体に生まれたときも、たくさんたくさん尽くして気持ちよくさせてあげたのに、なぜだか嫌われてしまう。嫌われて憎まれているうちはミヒャエラのことだけ 考えていてくれるのだろうけれど、たまには好きになって欲しい。
子供もたくさん産んだし産ませてあげたのに、可愛がってもくれなかった。好きになってもらうためにあらゆる努力をしてきた。もうそろそろ応えてくれていい頃だ。
「きみを、一目見たときから、好きになったんだ」
「あ、ひ、あぐ、んあああ…!」
「俺はね、何度生まれ変わっても君を忘れなかったよ」
「あ、いやだ、なか、は、いや、やああああっ!」
身を震わせる彼の中に、たっぷりと欲望を注ぎ込む。薄い胎内はすぐにいっぱいになった。頭の芯が快楽で溶ける。ミヒャエラにとってこれは愛を注ぐのと同義だ。毎回、見つけたその日から 毎日のようにたくさん愛情を注いできた。心の底から愛しているから。
「いや…もう、いやだ…こんなの、やぁ…」
再度細い腰を掴むと弱々しく声が震えた。身体は素直なのに心は頑なだ。身体は既にミヒャエラだけのものだ。前世でも今生でも、誰にも体を許していなかった彼の身体を暴いたのは自分なのだから。だからあとは、心だけ。
「お願いだから、愛してよ」
ただ一言、愛してる、とその唇で言ってくれたなら、死んでもいいような気がする。何度も転生したけれど、ついにその言葉だけは聞けなかった。かつてミヒャエルに向けていたような笑顔が欲しい。この世界にミヒャエルはいないのだから、一番似た自分を選んでくれないだろうか。
「きみなんか、きらい、だ…」
「そっ、か」
「っひ!」
ずん、と彼の中に入り込む。大きく仰け反る身体を抱き締めた。腕の中でびくびく小刻みに震えるのを優しく支える。
まだ、足りないのに違いない。ミヒャエラの愛をたくさんたくさん注いで尽くしてあげたら、 きっと好きになってくれる。何度だって諦めたりしない。彼のすべてが欲しい。他には何もいらない。
「好きだよ…愛してる」
「いや、だ…だれか、たすけ…ん!」
悲鳴をあげる唇を塞いだ。今は嫌われていてもいい。精一杯気持ちよくして好きになってもらうのだから。
「ずっと側にいるからね、エリー。これからは永遠に二人きりだよ」
耳元に優しく囁いた。子供は作れないけれど、愛する人が増えない分彼だけに集中して愛を注げる。一生この部屋に閉じ込めて二人きりでいよう。そうすれば、いつかきっと好きになってくれる。




ぼんやりと薄く目を開いた。ベッドはいろんな液体でべたついていた。不快を感じない自分がおぞましかった。
男はいつも通り僕の上に覆い被さって、がつがつと腰を打ち付けていた。卑猥な水音が部屋に響く。唇から 掠れた声が漏れた。内側を蹂躙されるのがどうしようもないくらい気持ちいい。繋がった場所はもう長いこと犯されてひりつく痛みを発していた。貪欲な身体はそれすら快楽として拾い上げる。
「っ、あ…」
身体中が気持ち良くて怖かった。彼のものが中にあるのが当たり前になってしまったみたいだ。体勢を変えるために引き抜かれただけで、身体がせつなくてつらい。塞ぐものを欲しているようにひくりと震えるのが分かって、あまりの恐怖に涙が溢れた。
「だめ…やめて…」
「どうして?こんなに気持ちよさそうなのにさ」
「やだぁ…も、いきたく、ない…こわい、いやぁ…」
何度も達して気絶するたび、大事なことを忘れていく気がする。この男に壊されてしまう。頭がおかしくなってしまう。早く外に出て普通に生きたいのに、できなくなってしまいそうだ。
「なら、俺を好きになって」
「い、や…」
「そう」
「ひ、ひあ…あぐ、あっあっああ…!」
身体の一番奥がめちゃくちゃに犯されて目の前が白くなる。何度も達したせいで、既に僕のものはとろとろと液体を零すだけになっていた。壊れてしまったのかもしれない。自分の身体じゃないみたいだ。
否定の言葉を吐き続けなければならないことは覚えていた。この地獄のような快楽から逃げるには肯定するしかないことは分かっていたけれど、そうしたら僕が僕でなくなってしまう気がする。
けれど、いつまで保つのだろう。僕はちゃんと僕のままでいられるだろうか。毎日この男に抱かれて深く口づけられるうちに訳がわからなくなってしまった。愛している、と囁かれると頭がぼうっとした。触れられるのが気持ち良い。僕はもう駄目なのかもしれない。こわい。このままでは僕は僕でなくなってしまうのかも。
「俺は、いつまでも待ってるからね」
男はにっこり笑うと、首や胸に唇を落とした。身体に走る痛みと鈍い快感。目の前が滲んでくらくらした。周りの景色が溶けて何もかも駄目になる。
「ん…また、あげるね」
「あ、や、っああ…っ」
どくどくと熱いものが僕の中を満たす。それだけで絶頂に押し上げられてくらくらした。何度も男の精を注がれたせいで、腹が不自然に膨らんでいた。男はじっとりとした手つきで僕の薄い腹を撫でる。身体が変に疼いた。この感触を知っている気がする。
「ん、あ…ふ…」
唇に舌が入ってくるのが暖かくて心地よかった。水音が脳髄を犯す。浮遊感に襲われて、ぼんやりと目を閉じる。なぜか中のものが大きくなって、ぎゅっと強く抱き締められた。思考が痺れて、眠ってしまいたかった。
ほろりと涙が伝った。なんだかとても大切なことを忘れているような、そんな気がした。



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