エリアスは医務室でぶすくれた顔をして手当を受けていた。
快活ではあるが優等生で通っているはずの少年らしくもない態度だが、咎めようとする者はこの場にはいなかった。
手当をしていた黒髪の少年がふっと笑う。
「無茶したね」
「君が悪い。逃げたりするからだ」
ようやっと口を開くとミヒャエルは意外そうに瞬く。 例のあの、あまり思い出したくもない醜態を彼に見せたあの日、エリアスは高熱を出して倒れた。あまり体は強い方ではないが、あれは知恵熱のたぐいではなかったかと自分では思う。ミヒャエルが諸々の片付けをして部屋に運んでくれたことには感謝している。動機はよくわからないが。
都合三日ほど授業を休むことになったエリアスは、病床で彼の所業についてつらつらと考えていた。どうして友人である自分にあんな恐ろしいことをしたのか。直接理由を聞いてやろうと思って訪ねてもなぜか避けられてしまって、苛立ちばかりが募った。
それから三カ月ほど立って爆発した。
「だからって僕の部屋をいきなり襲撃するなんてさ」
「うるさいな。君のせいだ」
「いきなり『君ばかり狡いじゃないか!』だもんなぁ」
しみじみと述懐するように言われなくとも自分のやったことが非常識だったことくらいわかっている。しかしエリアスだって必死だったのだ。
「仕方ないだろう。訳の分からない理由で友達を無くしたくなかったんだ」
「え?」
「人の話は一度で聞くものだよミヒャエル。だから僕は、」
「僕のこと友達だと思ってるの?」
心底不思議そうな、きょとんとした緑の目と目があった。互いに見つめ合ったまま、時計の音だけが響く。
先に目をそらしたのはエリアスの方だった。ぎゅうと唇を噛む。
自分は本当に馬鹿みたいだ。
「…帰る」
ぼそりとつぶやいて立ち上がった。怒るのも泣くのも嫌だった。 一方的に友達だと思っていただなんてそんな情けないこと、考えたくもない。
歩き出そうとすると腕を捕まれて、なんなんだと叫びたくなる。
「待ってよ」
「もういい。……友達でもないのにつきまとって悪かったよ」
「いやそうじゃなくて」
絞り出すように言ったのにフラットなトーンで流されてふつふつとした怒りが沸く。睨み上げた緑の目はなぜか戸惑っているように見えた。
「覚えてないの?」
「何を」
「僕のしたこと」
何を馬鹿なことを言うのだろうと目をむいた。忘れる?あれを?
「僕の記憶力がそこまでひどいとでも言うのか君は」
「そうじゃなくて、」
僕のことまだ友達と思ってくれてるの、と彼が思いの外真剣な表情で言ったので毒気を抜かれた。真っ直ぐな目の色を見るに冗談のたぐいではなさそうである。
「べつに、あんなことくらいで友達をやめたりするものか。僕は半ば合意していたのだし、熱を出したのは僕の落ち度だし」
「ひどいことだとは思わない?」
「そんなことよりも僕は避けられる方がずっと嫌だった」
ミヒャエルのことは、変わってはいるが友達だと思っている。だから避けられてひどく傷ついたのだ。
ぽすん、と音を立ててベッドに腰掛けたミヒャエルがため息をつく。安堵のようでもあり呆れのようでもあり。
「君ってマゾじゃないよね」
「君の特殊性癖と一緒にするな」
唇を尖らせて文句を言う。ミヒャエルがそういう人種であることは理解した。そっか、と自分より低い位置にある頭がおかしそうに笑った。 その瞬間、 頭の中にぱっと閃きが走る。
「ミヒャエル」
エリアスは幼い顔に挑発的な笑みを浮かべて、彼の体にもたれるように抱きついた。
「え、…んん」
突然のことに目を白黒させているミヒャエルに胸が空くような気がした。抱きついて深く口づけると、やがて背中に腕が回される。少し懐かしいような気がした。柔らかくて暖かくて安心する。ミヒャエルの舌は情熱的に口腔を這い回った。
離れる刹那、彼のしてくれたように軽く口づけた。軽いリップ音が耳に響く。
はあ、と熱い息が漏れた。力が抜けてしまって彼にしなだれかかる。
「エリアス、」
「なんだい」
とてもふわふわする。背中を優しく撫でられた。ミヒャエルの隻眼には怪しげな、それでいて悪戯をする子供のような笑みが浮かんでいる。
「君はこんなことする子じゃないと思ってたのにな」
「教えたのは君だろう」
エリアスも口元に笑みを浮かべて、歌うように答える。やがてどちらともなくくすくすと笑い声が上がった。
「だけど君、やっぱり上手いな。こんなことどこで覚えたのさ」
「それは秘密」
ミヒャエルはにっこりと笑い、問いかけるように白い首を傾げた。
「もう一度、する?」
「うん」
もっと、と強請ってしまうのに違いないと思いながら、エリアスは頷いたのだった。



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