手帳のカレンダーの印を、何度も何度も確認した。
明日にはミヒャエルの家に行く。朝までにはまだ時間があるというのに、胸がひどくざわついて仕方ない。遠足前の小さな子供じゃあるまいし。
ミヒャエルの家に遊びに行ったことはもう既に何度かあったし、普段ならこんなに緊張したりはしないだろう。でもミヒャエルは、今週の日曜は親がいないから泊まりに来ないか、と言ったのだ。
金曜日の部活帰り、ミヒャエルに家の前まで送ってもらった。もう秋も深くなって、空は真っ暗だった。風が冷たくて肌寒かったけど、その分繋いだ手が温かかった。人のいるところでは手を繋ぐのもまだ恥ずかしいけど、人がいないならかまわない。ミヒャエルの手は大きくて華奢ですべすべしている。そういうところも好きだ。
そんなことをつらつら考えていたから、ミヒャエルにいきなり家に誘われて驚いた。え、と少し高いところにある顔を振り仰ぐと、ミヒャエルはちょっと慌てたみたいにわたわたした。声がひどく上擦っていた。
「その、父さんも母さんも仕事でさ、月曜の昼にならないと帰ってこないんだ。……だからえっと、泊まりに来ない?」
ミヒャエルの白い顔は、暗い中でもわかるくらいに真っ赤だった。僕の顔にも急激に熱が集中するのがわかる。親が不在だということは、つまり、そういうことだろう。いくら恋愛ごとに疎い僕だって、それくらいのことはわかる。おまけに泊まりに来い、いうのなら。
「う、うん、絶対行くね」
緊張を隠す余裕もなく、少しつっかえながらこくこくと頷いた。心臓が壊れそうなくらいどきどきしていた。だって、ミヒャエルが僕とそういうこともしたいんだって今まで思ってなかったから。勿論、恋人ではあったけど、ミヒャエルは今までそんな素振り見せたことなかったし。キスなら、何度かしたけど。
頷く僕を見て、ミヒャエルはほっとしたみたいに笑った。少し屈んで僕の額に軽く口づけて、へにゃへにゃ幸せそうに緩んだ顔で楽しみにしてるね!と言った。
幸せそうなオーラを発しながら帰って行くミヒャエルの背中を、火照った顔のままぼうっとながめた。顔の熱が冷めるまでの間、玄関の前で立ち尽くした。使用人や御祖父様たちに変なことを聞かれないように、なんとか平静を装って家に入った。取り繕うのは昔から得意だ。でも今は、ミヒャエルの前だと全然駄目だけど。
部屋に帰って落ち着いたら、ぼうっとしている暇なんてないということに気づいた。いつも通りの格好でのこのこと行くわけにはいかない。ミヒャエルに失望されないためにも、ちゃんとした服を着ていかないといけない。勿論、その、下着も。
別に着て行って恥ずかしい服なんてないけれど、ただ僕はあんまり可愛い服を持っていない。割とシンプルな感じの、動きやすい服が好きだ。痩せてて性格も女の子らしくないし、可愛い服なんて似合わないんじゃないかとも思う。でも、ミヒャエルは可愛い服を着て行った方が喜ぶかもしれない。はじめてなのだから喜ばせたい。正直言うとそんなことをするのはまだちょっと怖いけど、ミヒャエルが相手ならかまわない。彼もそう思ってくれたらいいと思う。ミヒャエルの経験については聞いていないけど。…いや教えてくれたとしても聞きたくないけど。
土曜日に、街に服を買いに行った。普段行くような店ではなくて、いつもと違った感じの店を選んだ。ズボンよりスカートの方がかわいいかな、と思ってスカートを買ってみた。スカートの丈は制服と同じくらいだし、これくらいなら恥ずかしくはない。それからリボンタイのついたレース付きのブラウス。女の子らしい可愛い格好、にはまだ遠いけど今の僕にはこれ以上は無理だ。それに、いきなり妙に気合いの入った服を着て行くのもちょっとどうかと思うから、これくらいでいいと思う。服選びはそんなに悩まなくて済んだ。問題は、下着だ。
いつもシンプルなタイプのものしかつけてなかったから、どんなのを選べばいいのかわからない。下着売り場で探してみたけど、たくさんありすぎて迷ってしまう。どういうのがいいのだろう。胸が大きく見えるやつをつけたところで、今更仕方がないだろう。リボンのたくさんついたやつは子供っぽいかもしれない。どれがいいのかわからなくて唸っていたら、見かねた店員さんがいくつか見繕ってくれた。正直顔から火がでそうなくらい恥ずかしかった。迷っていた理由まで察せられていなければいいのだけど。
結局僕は、上下揃いの下着を三セットずつ買った。どうせこれから胸が大きくなるとは思えないし、そんなに値段はしなかったからいいかなと思って。
さっきお風呂場の鏡で自分の体を確認したけれど、特に変なところはない、と自分では思う。ミヒャエルに見られても恥ずかしい体ではないつもりだ。胸はそんなにないけど、その分無駄な肉はない。僕が小柄で痩せていて胸がないことくらいミヒャエルは知ってるだろうから、今更嫌がらないと思う。そうは思うけどやっぱり不安だ。服を脱いで、思っていたのとやっぱり違う、やめようと言われたらどうしようとか、ていうか脱がされるんだろうかとか、考えても仕方のないことばかりが頭の中をぐるぐる廻る。不安に思ったって今更どうしようもないっていうのに。
ともかく、ミヒャエルの家に行くのは明日。明日だ。ミヒャエルの家に行って、二人で遊んで、ご飯を食べて、それから、
「うう、」
考えていたらまたどうしようもなく顔が火照ってきてしまった。ミヒャエルのことを考えると僕はなんだか変になってしまう。いつだって冷静でいたいのに、心臓がどきどきして変に感情的になってしまう。こんな僕がいたなんて、今まで知らなかった。僕はミヒャエルのせいで変わったんだと思う。嫌じゃないけど、なんだか不思議な気持ちだ。ミヒャエルも、僕と付き合って変わったんだろうか。今度聞いてみたい。
とにかく今は、ベッドに入ってとっとと眠ることにしよう。どうか、お互いにとって悪いことにはなりませんように。



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